それから、しばらく皇帝陛下の御渡りは無かった。

周りの後宮の姫君達は鬼の首を取ったように、あの姫君は飽きられた、と噂を流した。

「エティーナ様…!
気にならる事ございませんわ!
きっと皇帝陛下はお忙しいのですわ!」

マリアがそう言って私をフォローする。

「ありがとう、マリア。
気にしていないから大丈夫よ。」

私はにこやかにそう言った。
確かに私は全然気にしていなかった。
そもそも、凱旋の際に私の部屋に真っ先に皇帝陛下が来られた事で噂が一人歩きしてしまった、そう分析している。


しかし、それもどうなのか?
普通は皇帝陛下の御渡りが無ければ凹むはずである。

ところが、私はどうだ?
凹むどころか、少しほっとしている。

そんな夜、急遽皇帝陛下がお見えになった。
マリア達はとても嬉しそうに皇帝陛下を出迎えた。
私の心の内とは正反対である。

また、口付けがどうの、とせがまれるのでは無いだろうか?

とにかくマリア達は下がり2人きりになった。

「そなた、俺から飽きられて捨てられたらしいな?」

皇帝陛下は面白そうにそう言った。

「そのようでございますね。」

私も苦笑いして言う。

「何だ?
少しも焦っておらぬではないか?」

「そもそも後宮入りを望んでいた訳ではございませんゆえ。
いえ、皇帝陛下に興味がないという訳では…」

「無いのだろう?
顔に書いてあるわ。」

「…………。」

「まぁ、良い。
今宵ここに来たのは、外出許可証の件だ。」

「いただけるのですか!?」

「ふむ、条件があるがな…
そう簡単に渡せるものでは無いとそう言ったであろう?」

「どんな条件でも飲みますわ。」

「…宰相に、イグナードというやつがおってな。
中々の切れ者で、俺も全幅の信頼を置いている。
今回のベルベットとの戦いで、少し作戦を変更した。
初めは、林の中に誘われたふりをして爆薬を使う、としていたのを、火矢攻めに変えたのだ。

それをイグナードは鋭く見抜いた。
つまり、そなたの存在を悟った訳だ。

今城ではそなたは軍師姫と呼ばれ始めている。

しかし、イグナードは堅物でな。
そなたがまことの力があるのか、試したいらしい。」

「いかなる方法で試すのですか?」

「ふむ。
やはり受けて立つか。
そなたらしい。

方法は簡単だ。
この国には、王都以外に7つの街があるが、そのうちの一つルードラの街は困窮しており、近々一揆が起きる気運がある。
そこで、その街の立て直しを軍師姫に任せてはどうか?と、そう言う事だ。」

皇帝陛下はおっしゃった。

なるほど、イグナード様は私のことが気に食わないらしい。
それで、無理難題を押し付けて、外出許可証を渡さないつもりだろう。

「どう致す?」

「この件、受けて立とうと存じます…」

「そうか…
必要なものがあればできるだけは用意するから、言ってくれ。」

「ありがとうございます。」

こうして、イグナード様と私の、静かな戦いが始まったのだ。