ボタンはまっすぐに落ちていき、音もなく水へ吸いこまれていった。目の前には、さっきとちっとも変わらない川。
――大切で、大切で、大好きだったあの子を、さらっていった川。
ふーちゃん、と、自分のかすれた声がした。
ふーちゃん、オレ、明日卒業式だよ。もう高校、卒業するんだよ。
女子たちにボタンをくれとせがまれるたび、胸がチリ、と痛んだ。
相手に直接会えて、直接思いを伝えられる人たちが、どうしても、どうしてもうらやましかった。
(……泣きたい、わけではないんだけどね)
分かっている。泣いても消えなかったものだけが、この胸に灯っているのだと。
すっかり体の一部分になった、ぬくもりのあるさびしさを、慶人はじっと抱きしめた。
わずかに、冷えた風がふいている。
どれだけ手をのばしても、あの子のところには届かない。
でも、あのボタンは慶人の胸から、この川をたどって、海へと流れていく。
はるか、はるか遠くへ。
慶人は、ふっと笑っていた。
「じゃあね」
〈おわり〉