けっきょく会議は、「卒業式のあとに奈良を襲撃しよう」という話で落ちついていた。慶人は明日、あの元気いっぱいの男どもに、ボタンをもぎ取られるらしい。

それなら、今日しかない。

慶人は、高校から離れたところにある橋にいた。帰りぎわに声をかけてくる女子も多かったけれど、なんとか振りきって来た。

橋の下にあるのは、このあたりで最も大きな河川だった。あわい日光をはじきながら、ゆったりと流れている。灰色の翼をひろげた鳥が、水面すれすれをなめらかに飛んでいく。河川敷の芝生は、冬をこしてすっかり枯れていた。

音も色も、ほとんどない世界。

自分の息づかいを聞きながら、ズボンのポケットに手を入れる。中には、さっきブレザーから外した第1ボタンがあった。

誰にも渡さなかったそれを、じんわりと、体温がうつるまで握りしめる。手をひらくと、ボタンのふちが鈍く光った。

その光を閉じこめるように、まぶたを閉じて、ひらいて。

慶人はそれを、そっと橋から放った。