慶人は、なんとか笑顔をキープしていた。
目の前には、耳をほんのり赤くして、うつむいている女子。上靴のラインがオレンジだから、2年生だろう。
高校のエントランスは、朝のホームルームの直後だからか、ひっそりとしていた。2月のくすんだ光が、あちこちの窓からこぼれている。
女子はしばらく、口を開きかけて、また閉じて、を繰り返していた。じっと待っていると、ついにまっすぐに顔を上げる。
「奈良先輩」
そのまなざしは、緊張と期待であふれていた。
「卒業式が終わったら、先輩のブレザーのボタン、いただけませんか?」
やっぱり、そう来るか。
慶人は、つとめて穏やかに言った。
「あー、ごめんね。申し訳ないけど、ボタンはあげられないんだ」
女子が、わずかに目を大きくする。泣かれるか、と身構えたけれど、女子はすぐに、きゅっと口を結んだ。
「……先輩って、付き合ってる人、いるんですか」
こちらを見つめて、ひかえめに尋ねてくる。