「ヘンバー、ヘンバーはいるかい? おーいヘンバー」

広くて豪華な屋敷の廊下でコハが俺の名前を呼んでいる。白色の短髪に俺とは対照的ながっしりとした体格。少々楽観的なところが鼻につく男だ。
 
「なんだ?」

コハは柱にもたれている俺の存在に驚く。

「わぉ! 驚かすなよ」

「でかい声で何度も俺の名前を呼ぶな。うるさい。しかも、ここはお前の家でもないんだぞ」

コハはため息をつく。

「俺たちはアルアング家専門の殺し屋だろ? 半分は家じゃん」

俺はコハよりもっと重いため息をついた。

「お前は呑気だなぁ」

汚れ仕事専門の孤児たちのことを裏の世界では暗躍の子供たちと呼んでいた。

暗躍の子供たちは貴族たちによって雇われ、一生涯彼らの汚れ仕事を担う。
仕事ぶりによっては報酬が高くなることもあり、孤児たちはこぞって暗躍の子供たちになろうと必死になっている。

この時代の悪しき社会問題ともなっていた。

名が知れた暗躍の子供たちは二つ名が与えられる。皆は俺を恐れて、狂刀のヘンバーと呼んでいた。

狂った刀。
俺の変わった武器からそう言われている。俺の刀に峰打ちはない。なぜなら、その刀には両方とも刃がついているのだ。
これで人を欺く。
それがこの剣の特徴。
狂刀といわれる所以だった。

今夜も俺たちは暗殺業務のために夜の森を駆け抜ける。
 
目的地へ向っている途中、小さな影が見え、俺たちは立ち止まった。

小さな影の正体は、ユーラージ家に雇われている暗躍の子供たちの一人、死花火のヴァレンタインだった。
ヴァレンタインはにんまりと笑って俺たちに近づいてくる。

「誰かと思えばNo.3の殺し屋たちか。久しぶりだな。狂刀のヘンバー、異国の問題児コハ」

俺は臆することなく言い返す。

「今はNo.2だ。ユラン家が滅亡してからな」

「ガキに頼り過ぎたあのバカ貴族か。てことは、今は俺がNo.1だ」

俺はヴァレンタインを無視して先に行こうとしたが、彼は俺に向かって素早く言い放つ。

「お前の目には迷いがある。迷い刀はいずれ、身を滅ぼすぞ」

俺は驚いてヴァレンタインを見た。そしてその驚きを隠すために咄嗟に

「チビがでしゃばるな」

と吐き捨てた。
それから俺たちは再び目的地へと走った。

 
貴族はバカだ。
身の程を知らない奴らばかりだ。

俺はそう思いながら暗殺を実行する。屋敷の奥へ奥へと進むと、母親と思われる女が暖炉のそばで赤ん坊を抱いて震えていた。

母親の方は怖がっているが、赤ん坊の方はこちらを見るなり、楽しそうに微笑んでいる。

背中に痛みを感じた。

ターゲットの始末は絶対。
それがたとえ、子供であっても……。

全ては彼女のために。


-――ザンッ!


俺は何のために、人を殺している?

彼女のため。

彼岸花のような彼女のために……。

「ヘンバー、終わったか?」

彼女のため?