「え、嘘でしょ。。。」事務所からの電話に耳を疑った。(無理無理無理!1週間も撮影なんて、聞いてないよ!いや、応募したの私だけど、全部落ちると思ってたんだもん!別にTV出たくて芸能事務所に所属した訳じゃないのに。。。)
「え、、、、無、理、です。」なんとか、マネージャーに応答する。
「いや、もう決まっているんです!今日の17時までに愛原さんの持っている冬服の写真も送る予定です。」
「ええ!?ちょっと待って下さい!冬服って!!私、一着も持ってないですよ?」
「ええー!?"一着も"持ってないんですか?夜逃げする時に持って来てないんですか?」できるわけねーだろ!どんな状況だと思ってんだ。必要最低限の荷物だけで1週間毎日樹海を何十キロも歩く状況だ。何しろ、逃げてきたんだから、冬服がどーのこーの荷造りしてる余裕も無かったし!
「はい、、一着も、持ってないです。」
「でも今日中に相手の会社に写真を送らないといけないんです!安い長袖なんてどこでも売ってるんだから、今から購入してきて下さい。」
「ええ?無理、です。あの、私、お金無くて、毎日仕事入れて働かないと生きていけないんです!あの、それで、撮影の件、キャンセルしてもらえないでしょうか?」失礼とか、非常識とか考えてる余裕は無い!生活の危機に瀕しているのだ。ここは失礼を承知でもお願いしないと!
「愛原さん、これだってお仕事です!もう先方は早い時点で愛原さんに決めているんです!なので、お電話お待ちしています!」ええっ?だって、これって給料入るの3ヶ月後とかでしょ!無理だよ、だって「今月」お金が欲しいんだもん!まだ賃料も振り込めてないのに、一体私にどうしろって言うのよ!?「お仕事」って言われたって、私には明日のデリヘルが生きてく為の「お仕事」なんだってー!!
 無理、だよ。私、どうすればいい?どうしよう!どうしよう!どうしよう!もし賃料振り込めなかったら、リボ払い払えなかったら、実家に連絡が行ってしまうかもしれない。そんなことになったら私、生きていけない!どうしよう。どうしよう。どうしよう。神様、私どうすればいい?
 思えば私は現状に甘んじて、自分の仕事について真剣に考えたことはなかった。
 常に「どうしたいか」を考えて、行動に起こさないと生きてなどいけない。毎日が戦いだ。
 こんなんで泣くような私じゃない。こんなんで泣いていたら、私じゃない!静岡の樹海だって体ボロボロになろうが毎日何十キロも歩いたんだから。東京に着いてからだって、ネカフェで暮らしながらも、全部思い通りに夢を叶えて来たんだから!泣いてる場合じゃない。急いで案件名を確認する。数打てば当たると適当に応募した案件だけど、面白そうだったらやってみよう。
 賃料が払えなくても、親が家に来ても、いつかは突き当たること。恐れちゃいけない。もう恐れない。全力で、人生を生きないと。命がけで笑う、家を出てくる時、そう決めたんだった。自殺の本を持って、もし、自由を奪われたなら迷わず死のうと、命をかけて、この生を楽しもうと、そう決めたんだった。
 案件名を確認すると、「某有名アイドルのMVの撮影」とのこと。え!?まさかねー、、え、でも本当に来るのかな?いや、きっと某有名アイドルは別の場所に呼ばれてて、私達エキストラとは別日•別場所で撮影するんだよ。だって、そんな大スターが来るわけないでしょ!?笑笑
 でも、、と、ちょっと期待する気持ちも無い訳じゃなくて。。。来ないよ、絶対来ないし、普通のつまらない撮影で終わる可能性はあるけれど、、大スターに会えるかも、もしかしたら会えるかも、しれないんだよね。。。ええ!?会いたい!会いたい!受けてもいいのでは??
 そう決めた瞬間、床から立ち上がる。貯金を全てはたいて、私は冬服を買いに行った。ピンチはチャンス、そう言うからね、こんな状況になって初めて、ちゃんと考えようと思えたし、ちゃんと選択できる。どんなに恐くても、不安でも、前に進まないと。
 震えそうな手で、事務所に電話した。案件を受ける意思を、伝えた。恐い。不安。私どうすればいい。
 芸能の仕事が決まった。大スターに会えるかもしれない。そんな、夢のような状況なのに、お金の心配ばかりがつきまとって、全然心が落ち着かない。
 優斗に会いたい。全ては話せなくても、優斗に側に居てほしい。そしたら安心できるから、ぎゅーってして欲しい。それなのに、優斗はここにいないの。
 多分私が沢山メールし過ぎちゃったら重いって思われて捨てられちゃうかな。もう会ってくれなくなっちゃうかも。前に来た時優斗は泣いた後だった。私の上に乗って何度も何度もKissをして、涙さえ出ていないものの、まるで泣いてるみたいだった。
 だったら私は笑わないと。優斗の前では明るくいないと。優斗が来たら、全部受けてあげれるように、元気にならないと。優斗の前では、幸せでいたい。泣き言なんか絶対言わないんだから!優斗が元気になれるように、私が笑わないと。
 少し前に来ていたメッセージ。事務所から電話が来て、一杯一杯で、多分泣いちゃうだろうから、敢えて返信しなかった。なんでもないみたいに「会いたい」って送ってみるけど、返信はすぐには来ない。他のホストって結構返信が早いのに、優斗は返信が遅い。でもそこが良かったりして、、、って!優斗に連絡しちゃ駄目でしょ!?私何やってんの!?駄目駄目駄目!元気になってから会わないと、、今日なんか会っても上手く笑えないよ。
 そう思って携帯を閉じようとしたのに、今日は返信がすぐに来た!
「俺も会いたいよ」ってたった一言だけ。
 ねえ本当かな?でも、返信してくれたよね。でも、一言だけだったよね。。。本当は私のこと嫌いなのかな。
 セフレみたいだから、ちょっと味見してみただけで、私のことなんて本当は嫌いで、どうでもよくて、こうやって来る連絡も鬱陶しいんだよね、きっと。私だって、本番したお客さんに追いかけられると吐きそうなくらい気持ち悪いもん。ホテルでしてる時はいいよ、相手が40だろうが50だろうが誰であろうが、相性さえ良ければいい。発散できさえすればいい。優斗も多分、そうなんだろうな。
 不意に、ガチ恋客を思い出す。昼職なのに、毎日通う客。客の分際で彼氏になれるなんて幻想を抱いてる客。ああはなりたくない。ああは絶対なっちゃいけない。せめて、連絡の回数だけでも減らさないと。あの客みたいになっちゃう。そんなの絶対やだ!優斗に嫌われたら、ショックで私生きていけない!
 (ねえ、すごく会いたいよ)
 返信の来ない携帯を握り締めて目を閉じた。睡眠時間は3時間がいいところだろう。
 どうか明日も笑えますように。そう、優斗と繋がっている携帯を握り締めて眠りに落ちた。
 某有名アイドルは、本当に来た。メンバー全員ではないけれど、主要メンバー2人が半径3メートル以内に存在していた。奇跡みたいだ。そしてこれはお決まりのパターンかもしれないけど、目が合った!てか、私を見てた!いや絶対見てた。
 その感動を保存するかのごとく、優斗にメールする。こんな体験、私の中だけじゃ抱えきれない!
「今日の撮影、某有名アイドルが来てた」
「主要メンバー2人!」
「2人が、半径3メートル以内にいて、、、」
「私ね、目が合った」
「話せる距離にいたんだよ!」
「それでね、絶対私のこと見てたの」 
「いや、話せたって絶対!」
「でもー!恥ずかしくて見れなかったの!」
「でも、私が目を逸らさなかったら絶対話せた!」誰かに話すことで、浮足立っていた心臓がやっと平常心を取り戻す。これが、東京か、、、これが、芸能界か、、、こんな非日常、普通の人が一生経験できないんじゃないだろうか。そう思うと同時に、今日の撮影で見た彼らを思い出す。求められることが多すぎる彼らは、果たして幸せなんだろうか?とてもそうは見えなかった。
 終電ギリギリで電車に乗って、やっと家に着いて眠りにつく。明日は昼から仕事。稼げない待機室で携帯ばかりいじるのは息が詰まる。だけど今日、私死んでもいいや。だって、だって、大スターに会っちゃったんだもん。今ここで死んでも幸せな人生だったって証明できるでしょ?
 なのになんでだろう。死ぬ時に想っていたいのは誰でもない、優斗だった。
 翌朝来たメールに本心を打つ。ねえ本当は私が側に居て欲しいのは、目が合って一番嬉しいのは、優斗だよ。
「優斗なら、2.5km先に居ても嬉しいよ。」それは、ここから新宿までの距離。2.5km先に居ても、こうやってメールしてるだけで幸せなの。アイドルに会うよりも、目が合うよりも、ずっとずっと幸せなの。
「会いたいって言ったら重荷になるのかな」本当は、心の中で押し留めてゆくはずだった言葉。でも、伝えないと、何にもならない。
 表現が下手だと、全部自分の中で完結している、つまり内向的だと、演技指導で何回も言われた。でも、自分の中で抑え込むのが常だったから、どうやって泣いたらいいのか泣き方さえ知らない。でもね、君が居るからこんなに泣いて笑ってるよ。もう、隠したくないよ。
「その気持ちが好き。」
「会いたいって思って」
「たくさん」
「俺も思うよ」打ち返されてきたメールに「うん」とだけ返信する。私は今から体を売りに行く。今日は予約が入っていた。嬉しさと悲しさの狭間で、優斗だけがキラキラと輝いて見える。
 (大好き。私頑張るね。)頑張って頑張って生きよう。鏡の前でメイクを確認する。ただ、好きな人の為だけにメイクして、一緒に眠る、それはとても幸せなことなんだろう。でも、今の私にはこの仕事しかない。だからせめて、優斗のことを感じられるように、客に笑いかける。目の前にいるのは客で、でも優斗だ。私の愛する人だ。満足気な表情で120分を終える彼を見て、ホッと胸を撫で下ろした。良かった。大丈夫だった。私ちゃんと笑えてたや。
 小さい頃から捨てられたくなかったから、人の顔色を読むのは得意だった。
 コースを終えて、帰るお客様がどんな気持ちでいるかなんて、顔色一つでわかる。だから嬉しそうな顔をしていると、私も嬉しくなるんだ。良い演技できたなって。
 演技指導ではまだまだの私だけど、こうして本業の方で結果に繋がると、すごくすごく嬉しくなる。だって今の私は、本当は、優斗以外の男に抱かれるなんてあり得ない、と感じているから。本当は、他の男に会うのさえ耐えられないから。素だったら、多分この男を殴り倒して首を締めているだろう。いけないいけない!やっぱり演技の力は素晴らしいや。
 ホテルから待機室に帰ろうとスタッフに電話をすると、次の予約が入っていることを伝えられた。(少しゆっくりしたかったんだけどな)しょうがない。出勤したのは私なのだから、予約が入ったら行かなきゃいけない。あーやだな。
 でも、スマホを見たら優斗からのメールが入っていた!
「さすがに桜不足だ」って。。。嬉しいな。優斗だって沢山の女の子と関わっているはずなのに、私のことが必要なんだ。すごく嬉しい。私も優斗が不足してるよ。そう、言いたかった。「会いたいよ」って言いたかった。だけど、それは重荷になるかもしれないから。。。ホストをしている以上、私一人が優斗に、今日来てとか寂しいとか言っちゃいけない。優斗には色んな女の子がいるのに、それを邪魔してまで強引に会っても、きっと慧人みたいに去っていくから。
「んーん、たまには来てね」そう、なんとか返信する。ホテルの場所は歌舞伎町で、2.5kmよりも近い距離に優斗が居ることが嬉しかった。お店なんて、絶対に知られたくない、宣材写真も見られたくない!お客といる所も見られたら嫌だけど、近くに優斗が居るって思うとなんか嬉しいんだよね。。。
「なるべく桜と一緒にいれる時間つくるね」
「お店に来てくれてる姫に、しっかりと感謝を伝えて時間使ってあげないとなんだよね」なんか、営業っぽい。そんなこと言うなら名札外れたのか?。。。
「そっかー」
「もしかして名札はずれた?」
「名札外れてないよ!」そだよね。私なんて営業の一環だよね。。。今までと何も変わったことはないのに姫の話題を出してくるのは、きっと私をお店に呼ぶ為だ。
 優斗にとって、私はそんな存在。それでもいい。会ってくれるだけで十分。それ以上のことなんか期待してない。だからこうやってメールが来るだけで嬉しいの。
 次の予約は社長の山田さんらしい。数週間前に来て、私のことをすごく気に入ってくれた。「次絶対指名する!」と言ってくれてたものの、音沙汰が無く、単なる口だけの言葉だと思っていたのだ。こうして着々と本指客が増えていると安心する。(早く家計が落ち着きますように。)
 ホテルに入り、ドアを開けると、満面の笑みで挨拶した。
「久しぶり〜!健さん!」
「え!僕の名前覚えてくれてるの!?」(うん、メモしてるからね)
「うん!会いたかったから覚えてたー!」
「桜ちゃんも、そう思ってくれてるの?」
「うん、当たり前じゃん!私ね、すごく我儘だから会いたくない人はNGしてるよ。」
「そ、そうなの!?とてもそんな風には見えないけど。。。」
「それは健さんだからだよ。」
「またまたー!そんなこと言って!」
「ううん、本当にね、予約入ってて、山田さんだ!ってわかると嬉しくなるの。だからね、今日もここ来る時楽しみだった。」
「え、じゃあ、僕も桜ちゃんの彼氏になれる可能性あるってことだよね。。。」(は?彼氏?お前幾つだと思ってんだ?彼氏って。。。セフレでも嫌だわ。)
「へへ、そうかもねー」適当に受け流して、シャワーへと誘導する。ここは一旦ワンクッション置かないと。。。それなのに、山田さんは完全にガチ恋モードに入ってしまった。
「ねえ今度、桜ちゃんが仕事ない日、会わない?お店じゃなくて、プライベートとして1日デートしようよ。」(は?こいつと?やだやだやだ絶対やだ!あり得ないって!)
「え、えへへ、でも私、芸能の方のお仕事してるからお休みの日がほぼ無いんだよね〜。」(嘘ではない。実際、芸能の「お仕事」で、家計は火の車だ。)
「だからー!その少しだけの休日に一緒にデートしようって言ってるの。これからは、恋人として付き合おう?桜ちゃんは、僕と結婚したら、勿論仕事は辞めるんだよ?」(え?結婚!?あり得ないって!てかなんで結婚する前提なの!?いや、もし仮にすきぴが、、優斗が結婚しようって言ってきても、こんな稼げる仕事辞める気ないからね!それをなんで好きでもなんでもない、寧ろこんなこと言ってる時点で気持ち悪い!あんたに言われなきゃなんないのー!!)
「へへ、うーんでもな、、私彼氏いるし」(優斗ごめん、彼氏って嘘つくね。だってそうでもしないと私逃げられないもん。)
「え、前はいないって言ってたじゃない!」そう声を荒げる客。体に当たる手が痛い。だけど、だけど、嫌なの。プラベは全部、優斗だけなの。休日は他の人と一緒に居たくない。私の好きな人と一緒にいたいの!
 だから、耐える。時間が、過ぎ去るように。90分という長い時間が早く終わるように。
 早く、早く、早く終われ!気持ち悪いキスを何度も重ねていると、やがて電話が鳴った。(スタッフさんありがとう)
 反吐が出そうな心を抑えて、応対をする。やがて、しがみつく客を引き剥がして、待機室に帰った頃には頭がどうにかなりそうだった。
 壊れそうな頭で携帯を開くと、優斗から1件メールが来てる。「早く会いたい」って。
 その瞬間、今さっきの痛客が頭に浮かんだ。気持ち悪い。ただ、そう思ってしまう。もうやめて、会いたいとか言わないで、もう全部全部言わないで。気持ち悪い。苦しい。重たい。
「やめて」
「時間作って来る人嫌」
「重すぎ」
「助けて」
「行けるタイミングで行くよ!」(もう来なくていい。もう誰も来るな。私に構うな!)
「うーん、了!」来るな、来ないで。苦しい苦しい。もう誰も来ないで。優斗しか嫌なの!
「会いたいなって思った時にお互い会えたら最高!」
「そだね」スマホに映る優斗の写真を見つめてみる。儚げに笑う色白のその人はかっこよくて、ピアスとかつけてるのもかっこよくて。。。
 (!?)いきなりの着信音。名前を見ると優斗。。え!?なんなんだろう。やだな。
 通話を即で切ってメールを打つ。
「今無理」
「今日なにしてる?暇電だよ!」
「今日は仕事してるよー!ええっとデリヘルの方ね。しつこいお客さんじゃなくて良かったー!感謝感謝!」
「今日デリヘルでてたんだ!お疲れ様だ!そんな粘着質な人もいるの?」
「うん、終わった後、飲み明かしたくなるぐらいには」
「飲み明かす!?デリヘルってどんな感じか全くわかんないんよね」
「うーん、優斗来たらみんな喜ぶんじゃない?要はやること同じ。8割は本番してるよ〜」うん、客が優斗だったらどんなに良いことだろう。お店にいる女の子たちも喜んで本番するだろう。優斗だったら、デリヘルの禁忌なんかスラッと超えて、最後まですると思う。。。なんか嫌だな。想像したくない。てか、デリヘルとか行かなくていい!行ったらやだ。
「桜はおれと会えたら喜んでくれるよね?大変なお仕事だね。」
「喜べたらいいな」
「ねぇ、一番楽に死ねる薬とかってある?」
「ちょっと教えてほしいな〜?」こんな生に喜びなんてない。生きている意味がない。
「死なないで」
「俺が悲しむ」
「一緒にODでも薬物でもやるよ」はあ?この人本気?頭おかしくなったらどうするの?でも、一緒にやってくれるんだ。。一緒にODとか楽しそうだな。
「いいね!」
「しらべてみる」
「ODは良い成分知ってる」実は、家を出てくる時、安楽死については調べてきた。だけど、そのほとんどは販売停止だったり、薬物だったりで、私なんかには手に入れられないモノだったのだ。
「薬物だったら何が手に入れられる?」でも、優斗なら手に入れられるかもしれない。優斗なら、私の狭くて希望のない世界を広げてくれるかもしれない。死ぬ希望をもう一度持てるかもしれない。そしたら私は、もう何も恐れずに生きられる。『自由を奪われたら死ねばいい』。
「なんでも手に入るよ俺」やば!この人。大麻だけじゃなかったのかよ!?ええー!もう薬物のプロじゃん!面白い!
「おおー!そうゆうのってどこで手に入れるのー?」教えてもらったら、私もそこに行きたい。人間なんていつ裏切るかわかんないんだから、自分の薬は自分で手に入れられるようになりたい。せっかく麻薬漬けの人に会ったんだから、縁が切れる前に活用しなくちゃ!もったいない!
「俺土木作業してた時に元ヤクザとかそっち系に気に入ってもらってて知り合いいる!」え、ヤクザ?恐い。やっぱり一人で行くのは嫌だな。だって一番関わりたくない人種だもん。
「あーそゆことか」
「なにしてみたいとかあんの?」
「いや、普通に、未練がないだけ」これは余生だ。誰も好きになれないくせに、生き永らえたって意味がない。ただ普通に、意味がないから死にたいだけだ。
「死ぬことだけは止めるよ俺!麻酔薬とお酒はあぶないよたぶん。一緒に調べて試そ♪」いや、ODも薬物もやる気はないし。やるのは死にたい時だ。それまでは、気をしっかり持って、大事な時にちゃんと死ねるようになりたい。てか、一緒にODやろうとか言うくせに死ぬのだけは止めるとかどうゆうこと?優斗なら肯定してくれると思ったのに。。。
「え、しないしない。私もう薬うんざりだし」今まで散々薬を飲んできた。喘息もアレルギーの発作も、ありとあらゆる感染症も、ほぼ罹った。何度も原因不明の失神を繰り返して、点滴生活を余儀なくされた。少し睡眠不足になるだけで、倒れた。その度に、薬で抑えてきた。1日に飲む量は、10錠を超える。それでも、飲まないと生活ができないのが日常だった。当然、そんな量を飲んでいたら副作用もある。日々頭痛や、倦怠感に悩まされた。中には臓器に悪影響を及ぼす薬もあって、度々病院に足を運んで採血検査をした。
 何度もやめようとした。だけど、無理だった。服用をやめた途端、すぐに体が追いつかなくなる。その度にまた、すがりつくように病院に行った。
「そーなん?」と返ってきたメールを閉じて、写メ日記用の写真を撮ってみたりする。優斗と私の目的は違う。優斗は睡眠の為に、私は、死ぬ為に薬を求める。そう、根本的に異なっているのだ。
 結局、連絡帳に残ったのは、優斗ともう一人、ホストだけだった。普通の恋がしたくても、すぐ息詰まる。メールの返信が早かったり、結婚や同棲を匂わされたりすると、すぐ嫌になる。恋愛がしたいはずなのに、相手が私に1mmでも好意があると知ると、辛くなるのだ。そしてブロックするの連続だった。
 私に好意が無い優斗、営業目的で話してくれている彼。その関係性がすごく心地良かった。優斗に恋をしながら、私は、私に1mmも気がない優斗に安らぎを感じている。
 メールや、ベッドの中での、感情の無い「好きだよ」や「会いたい」という言葉が私を包んだ。何も込められていないからこそ、私はそこに安心して、恋をしていると自分を信じ込ませることができる。全てをさらけ出せる。
 本当は、誰も好きになれない。嘘で作られた優斗と私の関係性は、とても居心地が良い。多分、優斗を失ったら、私は生きていけないんだろう。
「トー横で会おう」という、もう一人の人に、「楽しみ〜!」と返信したりしてみる。なんか売れてるらしいけどどうでもいい。営業目的のデートが何よりも楽しみだ。全部領収書で落としてくれる、経費を使ったデート。お店には絶対行かないけれど、私じゃなく、お金を見ている彼が好きだ。
 そうだ、今度、優斗と彼を会わせてみようかな?同業者だし、彼売れてるし、お互い良い刺激になるんじゃないの?なんか違う店の人同士で仲良くするのとかあんま無さそう。会って情報交換する機会とか多分貴重だよね?私、結構画期的な活動をしているのでは??こうゆうのは思ったらすぐ実行だ。
「ねえ、私、友達がいるんだけど、今度3人で遊ばない?あ、彼にはまだ何も聞いてないんだけど、、、」
 (!?)なんだろう?待機室なんだけどな。。。周りの顔色に怯えつつ、待機室の外に出て電話に出ると、なんか意味のわからないことを言われた。
「その人に会って、俺が彼氏だって言えばいいの?」(はあ?)優斗は彼氏じゃないし、彼氏だって言う必要もないのになんでそんなことになってしまっているんだろう。
「違う、彼は友達で、それでね!一緒に会えたらと、、、」
「その元彼に、俺が彼氏ですって言えばいいの?」
「言わないよ!なんで?なんで彼氏って言うの?だって彼は友達で。。。」てか、元彼じゃない!なんかすごい勘違いしてる。どうしよう。最近知り合って、軽くメールして、優斗の惚気話してるような関係性なのに。全然というか、全くそんな関係ではない。お互いホテルにも行く空気にならない関係なのに!全然そんな関係性じゃないのにー!
「今から家行ってもいい?」
「え?家?う、うん、いいけど。。。?」どうしたんだろう。ここ7日間、どんなに私が寂しくても、側に来て欲しくても、「会いたい」なんて一度も言われなかったのに。何の心境の変化で突然家に来たいなんて言い出すんだろう。。。とりあえず、部屋片付けないと!
 でも、今日は優斗が来るから苦しくならないな。

 保安灯の橙が灯る薄暗い部屋の扉が開かれる。(優斗だ。。)包まっていた布団から飛び起きると、目の前に薄く笑う大好きな人が居た。白いTシャツにダメージジーンズの彼は、今日もかっこよくて、目を反らしたくなる。でも、大好きな声で「ただいま」と言われると、素っ気なく無視をするわけにもいかなくて、頑張って「おかえり」と目を合わせてみたりする。
 明け方の空の中、抱き締めてくるその人からは、甘いマリファナの香りがした。
 何度も何度もキスをして、何度も何度も体を重ねる。その度に苦しそうに顔を歪める彼が愛しくて、気付いたら首に手を伸ばしてしまう。
 優斗さえ居たら、私。。。
「死にそう?」
「うん、かなりきてる」そう、儚く笑いながら言う彼を私だけのものにしたい。私以外を見ているのならば、私だけ見てればいい。苦しめばいい。
 優斗が愛しかった。誰よりも誰よりも。世界で優斗しか居なかった。