季節は秋に差しかかっていた。

 つい先日まで、夏の暑さを帯びた空気の膜が身体中に纏わりついて鬱陶しさを感じていたのに、急に肌寒さを感じる季節に交代していた。

 夕方18時帯の夜空はもうすっかり暗くなりかけている。

 「遅くなってすみません!結構待たせてしまったのではないでしょうか?」

課長は、息を切らしながら慌てて会社のビルの前まで駆け寄って来た。

 少し額から汗が出ていた。

 「いえ、私も先程来たので気にしないで下さい。課長の方こそ大丈夫ですか?」

 乱れた呼吸を整えた後、課長は柔らかく言葉を発した。

 「やはり、日頃運動不足だとこんな時実感させられますね。ちょっと急いで階段を降りて来ただけなんですけどね」

いやあって課長は、ハンカチで額の汗を拭いながら申し訳なさそうに少し笑顔を見せていた。

 私はそんな課長の顔を見ながら、こんな人だったっけ?と感じていた。

 いつも職場で見ていた雰囲気とは大分違っていたのだ。

 課長は日頃から無口で無表情な人だったから、クールなイメージが定着していた。

 それは周りの職員の間でもそうだったと思う。

 こんなに話している所を見た事がなかった。

 それに笑顔だって、一度も。

 私が、運動不足のくだりにどう返して良いものかと悩んでいると、

 「この近くに美味しい定食屋があるので早速向かいましょうか」

 と、目尻の横に笑い皺を作って、私が歩き出すのを待ってくれた。

 「あっ、はい...」

 笑い皺、あったんだ....

 これも今日初めて知った。

 私は、上司の大きな背中を見つめながらその後ろ姿に着いて行った。