片足に二枚ずつ貼られた絆創膏をしばらく眺めてから、再び鼻緒に足を通しゆっくりと立ち上がった。

「ありがとうございます」

 まどかは満面に笑みを広げた。

「会場まであと半分ぐらいだと思うんですけど、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」

 それでも、歩き始めてしばらくすると、康生はまた大丈夫かと、まどかを気遣った。
 河川敷に近付くにつれて一気に人が増え、辺りは賑やかを通り越して騒々しくなってきた。互いの声が聞き取りにくくなって自然と距離が近付くと、康生の砕けた口調が心地好く耳に響き、次第にまどかの緊張も解れていった。
 突然人波に押されてよろけた直後、背後から「すみません」と声が掛かった。
 まどかは咄嗟に出された康生の腕に掬い上げられるような形でとどまっていた。

「大丈夫?」
「あ、はい」

 これで何度めの“大丈夫”だろうか。
 これだけの人混みでは仕方のないことだが、康生がいなければ間違いなく転んでいたとわかる。
 自分が手のかかる女だと思われていないだろうかと、まどかは気掛かりで仕方なかった。

「はぐれないでね」

 再び口にした康生が不安げな表情を覗かせた。
「探せますから」と豪語したものの、辺りを広く見渡すことの出来ないこの状況下では恐らく無理だろうと感じていた。
 まどかは不意に、子供の頃に動物園で迷子になった時のことを思い出した。
 ホッキョクグマに夢中になっている間に、母を見失ってしまったのだ。知らない土地で知った人もいない。途轍もない不安感がまどかを襲い、身動きがとれずその場で蹲った。

 ――上野動物園にて。まどか四才。母を必死で探しています――

 実際には母がその様子を少し離れた場所からビデオで撮影していたのだが、そんなことを知るはずもない当時のまどかは、しばらくして現れた母が差しのべた手に、縋り付いて泣きじゃくった。

 不安に駆られたまどかは上目遣いに康生を見て、遠慮がちに手を差し出した。
 これで大丈夫だ、と言わんばかりに、康生はその手をしっかりと握り、まどかの不安を一瞬にして拭い去った。
 人混みで手を繋ぐという憧れのシチュエーションは、思い出と相まってまどかの胸を熱くした。