「佐渡くん」





「…あ、はい」






─長針が喫茶店の開店時刻から5分前を刺した、その時。





制服のネクタイを締め終わったところで背後から名前を呼ぶ声が聞こえて振り向く。





すでに支度を終えた長尾さんが、見慣れない紙袋を俺の方に差し出し、軽く頭を下げた。






「この前貸してもらったTシャツです。クリーニングに出したので」





「あ、はい。…ありがとうございます」






Tシャツだけでわざわざクリーニングに出したのかと、内心驚く。





洗濯してくれるだけでも十分なのに。





丁寧な人と読み取れるのかもしれないが、自分の中では完全に変わった人だなというイメージが出来上がってしまった。






「それだけです。ありがとうございました」






ペコッとまた軽くお辞儀をして、颯爽と持ち場に行く長尾さんの後ろ姿をポカンと見送る。






「…まあ、丁寧な人ってだけか…」






やはりあの人はよく分からない。





とりあえず受け取った紙袋を無造作にリュックにしまう。





支度を終えようと腰にエプロンを回したところで、突然後ろからどつかれた。






「——…痛ぇ。…真島だろ…」






このバイト先でこんなことするのは真島という男一人しかいない。







「ピンポーン!正解!」






ニカッと笑うと目尻にシワができる。





人受けの良い笑顔が、今はただただ腹が立つ顔に見える。






「どっちも同じ意味だし…。で何の用」





「冷たい。相変わらず冷たい佐渡。友達四日目なのにもう冷たい」





「付き合いたての彼女かよ」






何よもうっ!とむくれる完全に乙女なこいつは真島良(ましまりょう)





同い年で3ヶ月前から勤めているらしい。





明るく人懐こい性格で自分とは正反対だが、自然体で話せるため嫌いではない。






「そうだ!お前、長尾さんに何をもらってたんだよ!!」






突然プンスカと怒り出した真島はどうやらさっきの一幕を見ていたらしい。 






「いや別に…」






男のこいつにあの一連の出来事を話す訳にもいかないので適当に答えると、真島は不満げに唇を尖らせた。






「ふーん。なんか知らんけど。ずりぃーよーお前だけぇ」





「…何で?」