了承を受けももさんの元に小走りで向かう途中で、住宅街を抜けた駅ビルに続く商店街に景色が切り替わったのに、ふと気がついた。
それは、息を呑んだ瞬間だった。
「…お待たせしました…」
元いた位置からそう遠くない場所にももさんは立っていたのに、駆け寄った時には呼吸が少し上がってしまっていた。
だけど、整えている余裕はない。
自分でも笑ってしまうくらいに真剣な思いにどうしようもなく駆られたのは、今ここにいる位置が答えだということ。
いつも曲がり角で別れていた筈なのに、知らぬ間に、別れる位置がどんどんあの角に近づいていっていた。
そして遂に今日は、角の先にある景色が見えるようになっていた。
―何も変わっていなくなんかなかった。
こんなに変わっていたんだ。いつの間にか。
息を呑んだのは驚きだけじゃなく、こみ上げる嬉しさなんてものを噛みしめるだけの経験がなかったからに過ぎない。
飲み込んだ初めての感情は、薬の作用のように全身に温かく、くすぐったく広がる。
慣れない心地を堪えるようにぐっと拳を握り、ようやく口を開いた。
「単刀直入に言わせてもらいます」
開口一番にそう切り出す。
それまで地面に落ちていた彼女の目線が上がり、そして視線となり交わる。
「どうしたら、俺のことを好きになってくれますか」
パチンと音がなりそうなくらいハッキリと目を瞬くももさんを、初めて見た。
「…どういうこと」
言葉を失って、ようやく出た返事にはいつもの敬語の壁がなかった。
なんだかやっと、ももさんと“会話”ができた気がする。
「俺はももさんのことが気になります」
「…それは、私にも、君と同じ気持ちになってほしいということ?」
「はい」
暗闇からかすかに見える表情だが、複雑に揺らいでいるのははっきり分かった。
しばらく考え込んでいたももさんだが、少し息を吐いてから言葉を発した。
「…言いたいことは分かった。でも、同じ気持ちにはなれない」
まあ、そうだろうな。と心も頭も納得する。
「知ってます。ももさん、俺に興味ないですよ、ね…―」
みなまで言う前に、突然、今まで思い出すことのなかった記憶がフラッシュバックした。