「…あ、いや。今日、オーダー聞きいったときにフォローしてもらったんで、そのお礼をと思って…」
俺は一体、何を…言ってるんだ?
こんなことが話したかったわけではない。
いやそもそも話したかったわけでもない。
ただ今日のお礼を告げとこうと思っただけだった。
それなのに、何故か自分の口は違うことを話していた。
そして一方の長尾さんも、俺が走ってきてまで伝えたその話の内容に、小さく驚いて声を漏らしていた。
「…」
「…」
気まずい空気が流れ、お互いに視線をアスファルトに落とす。
いよいよ居心地の悪くなった俺が適当に話をつけて帰ろうとしたとき、長尾さんが口を開いた。
「……仲良いですよ」
「…え?」
返ってくると思わなかった答えに勢いよく頭をあげると、視線は合わないもののあの時よりも確かに笑った長尾さんがいた。
その笑顔をみた瞬間、胸がドックンと変な音を立てる。
「…長尾さんって笑うんですね」
「………」
思わず口に出してしまった一言に、長尾さんはまた無表情になった。
と、思ったが、よく見ると眉がほんの少しだけ下がっていて、どうやら俺の変な一言に困惑しているみたいだった。
「…あの、すみません。先輩なのに失礼なこといいました」
一応謝罪の言葉を述べると、また少し沈黙があったが、今度はさっきよりも早く答えが返ってきた。
「…一つしか変わらないので」
「…そうですか」
取り敢えず気に触ってないことが明らかになりホッとする。
…それにしてもだ。
今日の俺は、いつもと確実に違うというか、もはやおかしい。
「…なんか引き留めてすみませんでした。もう、用件はないんで…」
「…そうですか」
こうしてお疲れ様ですとまた掛け合って、お互いに背を向けて歩きだしたのに。
「…、―あの!」
「……?」
「…やっぱり、引き留めちゃったんで、駅まで送らせてもらっていいですか」
そんな口実をつけてまで、まだこの人と一緒にいたいと思っている自分がいる。
本当に意味がわからない。
それ以上に長尾さんは俺の挙動を不審に思ってそうだ。
日常にイレギュラーも刺激も必要としないのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。
胸の中がぐるぐると不思議な高揚に包まれる。
鼓動がいつもより少しだけ早い気がする。
「…あの、下の名前なんでしたっけ」
「…ももです」
「ももさんって呼んじゃだめですか」
「………どうぞ」
「…じゃあ、ももさんで」
「……はい」
なんでこんな会話してんのか。
なんで嬉しがってんのか。
意味がわからないことは嫌いなはずなのに。
答えが出ないもどかしさに優しい夜風も加わって、心地よく胸にくすぐられているような気分がした。