調理実習は家庭科室でカレーを作る実習で、教室には早くもいい匂いが漂っていた。
私の前の席には敬が立っていて、ベージュ色のエプロンを付けているところだった。
下を向いて、背中で紐を結びながら、喋らない。
「カレーって簡単って言うけど、作った事ない」
テーブルの上の材料を眺めながら私が言った。
クラスメート達はカレーの材料を出して調理を始めている。
「簡単だよ。」
敬が言った。
見ていると敬は料理も上手だった。
じゃがいもの皮きれいに剝いて、まな板に並べている。
私も皮むきの担当だった。
私は人参と真剣に格闘していた。
「原さん、ぶきっちょ」
敬が笑った。
「だって」
私の人参は、下手な剥き方で大きさが小さくなっていた。
「貸して」
敬は剥きかけの人参を取ると、きれいに剥き始めた。
「原さんって料理下手なんだね」
鍋で肉を炒めながら、敬が言った。
私は敬のエプロンの似合う姿を見ながら、苦笑いした。
「だって、したことないんだもん」
「意外。からかうね」
「普段料理するの?」
「うん。よく作ってる。なんでも作れるよ。」
敬が言った。
「原さん、何か作ってあげようか」
言葉の真意が読み取れない私は、リアクションを取らなかった。
カレーはどうにか鍋にそれらしく出来上がった。
喋っているクラスメート2人が同じテーブルに居たが、私は敬と食べながら話していた。
大きなスプーンでカレーをパクリ、と食べて、敬が言った。
「そういえば、昨日はコーヒーゼリーを作った。原さん、帰り食べに来なよ。」
この頃は夕方が青い。
オレンジ色に染まるはずの空が、柔らかい青い色をしている。
それが不思議な現象なのか、普通なのか、私が敬と居る時にそれに気づくのか分からなかった。
学校の事。
授業の事。
最近読んだ本の事。
敬が言った。
「原さん、国語の発表一人でしたでしょう。」
「うん」
敬が聞いた。
「友達居るのに、何で一人でするの。」
「別に、気にならないから。」
「変なひと。」
敬が言った。
「そういうの気になる。もっと知りたいって思う。原さんって一体どんな人なの?。」
私は鞄を持ち替えて、歩き続けるつま先だけ見ていた。
視界の隅で、敬がどんな顔をしているのか見えなかった。