「原さん、そろそろ帰ろうか」 

 
 そう言われて、私は手を止めて用紙から顔を上げた。 


 窓の外を見ると、夕焼けがあるはずの所に、薄青い空が広がっている。 
 宵の始まりの時間、世界は独特だと思う。


「疲れた?」


 さらさらの黒髪の整った顔が私を見下ろした。


 敬の声は滑らかだ。敬の声は、まだ低くなっていない、子供の声だが、何かが居心地良く耳に響く。



「ううん」

「頼んでごめんね。書記役お疲れ様」



 ボールペンにキャップをして筆箱にしまう。


 放課後。美術室で、私がしていたのは、委員会活動のまとめの清書だった。

 書記の人が風邪で学校を休んでいて、帰りのホームルームが終わった後、敬から声をかけられたのだった。


「クラス委員の時間も保護して貰わなきゃ。これじゃ部活時間がなくなっちゃうよ」


 脇に置いていた鞄を引き上げようと手を伸ばしながら、敬が言った。

 私は立ち上がってジャケットを羽織り、鞄に筆箱をしまった。



「私は、暇だから」

「暇って言ったって。原さん帰宅部でしょ?家で何かしてるんじゃない?」

「何もしてないよ」

「そうなの?なら良いけど。僕は、やらなきゃいけないこと多いから。」



 ガラガラと戸を開けて美術室を出ると、廊下の窓から見た空も同じ色をしていた。

 校門へ向かう帰宅する生徒達の姿がパラパラと見えた。