北白河家の陰陽師としての期待は、双子の妹、弥生に一身に注がれた。
 弥生は毎日しっかりと修行をこなし、あやかし退治も順調のようだった。

 桜はあやかしと言えど、その生命を奪うことに躊躇いがあり、いつも少し懲らしめる程度で、人里に降りないよう山へと帰していた。
 しかし弥生は道元と同じで、容赦なくその命を奪う。あやかしは必ず滅していた。

 正直なところ、道元は桜の祓い方に少し甘さを感じていた。
 しかし優秀であることに変わりはなく、桜に祓われたあやかしが人里に降りてくることがなくなったことから容認していた節がある。
 弥生のやり方は、道元としてもひどく気に入ったようだった。

 文江は大事に育ててきた桜に裏切られたと思い、桜にきつく当たるようになっていた。
 立派な陰陽師になり、北白河家のますますの繁栄のため尽力してくれるだろうと思っていただけに、その失望は底知れないものだった。

 桜は、北白河家のお荷物となってしまったのだ。

 陰陽師として役に立たないのなら、北白河家には必要ない。

 ある時の食事の席でもそのことは議題に上がっていた。
「お姉様って、もう陰陽師としては何の役にも立たないのでしょう?」
 弥生の言葉に、道元と文江は平然と頷く。
「聴力が戻る兆しも希望もない。桜が陰陽師として大成することは、もうないだろう」
「そうよね、祝詞も唱えられない祓いの陰陽師なんて役に立つわけないわ」
 弥生は勝ち誇ったように笑ったあと、道元に猫撫で声で可愛らしく首を傾げた。
「でもお父様、それじゃあ桜お姉様があまりに可哀想だわ!役立たずとしてこの家にいるなんてあまりに不憫!」
「そうだな…」
「お姉様、昔から料理もお上手だったし、お母様の代わりに家事をやってもらったらどうかしら?お母様は私とお父様を支えるので忙しいし、使用人の手の回っていないところをお姉様にお願いしたらどうかしら?毎日暗いお部屋に引き籠っているよりはお姉様も気分がいいと思うの!」
 文江が大仰に手を合わせる。
「まぁ、弥生ったら、自分の仕事も忙しいのにお姉ちゃんのことまで考えられるなんて!なんていい子なのかしら!」
「そうだな、何もせず家にいるよりは桜もいいだろう。文江、弥生、何か手が必要な時は桜に頼みなさい」
「ええ」
「はい、お父様」

 目の前で音もなく繰り広げられる会話に、桜は呆然とした。

(陰陽師として役立たずになってしまった私には、家族としての居場所すらないの…?私はこれから、北白河家の使用人として生きていかなくてはいけないの…?)

 聴力がなくなり、陰陽師として役に立たないとみると、こんなにも簡単に家族から捨てられてしまうものなのか。

(私は家族としてではなく、陰陽師として必要とされていただけだったんだ…)

 桜は愕然とした。こんなにも傍にいるのに、誰一人桜の方を見ようともしない。

「弥生、次は国からの祓いの仕事だ。心してかかれ」
「はい、お父様」
「私も鼻が高いわ!こんなに立派な陰陽師の子を産むことができたなんて」
「やめてよお母様ったら。私はまだまだ未熟者だわ。これからも研鑽を積んでいかなくては」
「なんて謙虚で努力家な子なのでしょう!」

 桜を置いて、そんな会話が食卓で繰り広げられている。

「さて、お父様、お母様。私は少し勉強してきますね。あ、お姉様、少ししたら部屋に来てくださるかしら?頼みたいことがあって」
 桜は冷え切った心で、こくんと頷いた。