その日から桜は、陰陽師としてあやかしに対峙することはなくなった。道元がそれを禁じたのだ。

 それからまた少しして、道元と文江が、何か言い争っているような場面を見掛けることが多くなった。
 二人共何か大声で言い合っているようで、その顔はいつも怒っていた。

 道元も文江も、いつしか桜を心配することはなくなっていた。
 桜に家を継いでもらうのは諦めたのか、ここのところは弥生に付きっきりだ。
「お父様、お母様」
 呼び掛けると二人は、鬱陶しそうに桜を見た。
 優しかった父と母の姿は、もうそこにはなかった。
「役立たず」
「北白河家の恥」
 そんな言葉をぶつけられるようになったことに、桜はショックを受けた。
 もともと優秀な桜は、すぐに読唇術を覚え、聴こえずとも口の動きで大体何を言っているのか分かるようになっていた。

(役立たず…?北白河家の恥…?お父様とお母様はそう言ったのですか…?)

 厳しくも優しく教えてくれていた道元。桜が次々と術を習得していくのを、桜本人よりも喜んでくれていた。
 優しく温かく姉妹を応援してくれていた文江。桜が怪我をすると、過保護すぎる程に心配しながら手当をしてくれていた。
 そんな優しかった二人から向けられる、うんざりとしたような表情と辛辣な言葉、突然音が聴こえなくなった恐怖、そして陰陽師の力の喪失。

 桜の心は次第に凍てつき、色を失っていった。