少しして、あやかしのような気配を感じて、桜ははっと目を覚ました。
 陰陽師の力を失ったとはいえ、気配くらいなら桜にも分かる。

 ぱちっと目を開けると、桜の顔を間近で見ていたのは、黒稜だった。

『気配で気が付いたのか?』

 桜は黒稜のあまりの近さに驚いて、さっと布団を目元まで持ち上げる。

『好きにしていいとは言ったが、よりによってこの部屋を選ぶとは』

 他の部屋に比べて比較的生活感のある部屋だとは思っていた。黒稜が別室としてよく利用していた部屋なのだろうか。

「す、すみませ…」

 桜が謝ろうと口を開くと、『いい、好きに使え』とぶっきらぼうな返事が返ってくる。
 黒稜は桜の顔をじっと見つめた。

『最初に言っておく。お前を愛すことは決してないだろう』

 嫁ぎ先で迎えた結婚初夜。黒稜から言われたことは、そんな突き放すような言葉だった。

 目の前にある美しい顔は、感情を失ったかのようにぴくりとも動かない。

『こんな家に嫁がされて、お前も可哀想な女だ』

 黒稜が桜の髪をさらりと撫でた。
 黒稜の顔が、初めて無以外の表情を浮かべた。
 しかしそれは、苦しそうな悲しそうな、桜を見ているようで別の誰かをみているような、そんな虚ろな瞳だった。

(旦那様、どうしてそのような表情をされるのですか…?)

 黒稜が今までどんな風に生きてきたかなんて、当然桜には分からない。
 優秀であったはずの御影家が、あやかしと手を組んだなどと落ちた噂が流れ始めた理由も、桜には皆目見当もつかない。

(何か、お辛い理由があるのかもしれない…?)

 桜の瞼はまた重くなって、そのまま眠りに落ちていった。