御影家は大きく広いというのに、使用人の一人もいなかった。
 この家には、桜と黒稜の二人だけ。

 黒稜はさっさと自分の書斎へと戻っていってしまった。
 桜は一人ぽつんと残され、途方に暮れる。
 家をぐるりと見回してみたけれど、大きなお屋敷とあって、掃除の行き届いていないところが多かった。
 当然黒稜一人では掃除しきれないのだろう。そもそも全然掃除していないのではないかと思う程に蜘蛛の巣だらけだった。

 特にすることもない桜は、いつもの習慣である掃除を始めた。
 実家にいる頃は使用人達と一緒になって掃除をしたり、食事を作ったりしていた。それ故に家事全般は得意である。
 何かしないと落ち着かない桜は、とにかく手を動かし始めたのだった。


 閉め切られているままの戸を、片っ端から開けていく。
 そうすると心地よい風が家中を吹き抜けて、家全体が明るくなったような心地がした。

 縁側に立つと、庭先には綺麗な花々が咲いていて、そこだけは丁寧に気をかけているのが分かった。

(きれい…)

 冷たくなった桜の心が、その花々を見て少し解けるような気がした。
 桜が暗い気持ちで来たせいなのか、少し落ち着いてからお屋敷や周辺を見てみると、自然豊かで心地よく、お日様のぽかぽかとした日差しがお屋敷全体を温かく包み込んでいた。

(あやかし屋敷、だなんて言われていたけれど、空気がすごくいい)

 桜は大きく深呼吸を繰り返した。
 花の香りを吸い込むと、心が優しく温かな何かに包まれるような感じがした。

(北白河の家にいても、きっと私は変わらない毎日を送っていたと思う。それなら、せっかく連れ出してくれた黒稜様のために、少しでもできることをしよう)

 桜はまた掃除を再開した。桜にできることは、それくらいしかなかった。