もしあのまま迷子にでもなっていれば、彼女はその場で息絶え亡骸すら見つけてもらえなかったかもしれない。最悪の状況を思い描いたところで今更いいことは何もないと思い至り、今は道を見失うことなく森を抜け出せたことを素直に喜ぶことにした。その後の顛末は、通りかかった老夫婦に城門まで乗せてもらい、このアウエンミュラー城まで帰り着くことができたのだ。

「心配かけてごめんなさい」

「お怪我などはございませんでしたか?」

 不安そうな面持ちで尋ねてくるエレナに、イザベラは首を左右に振り「大丈夫」だとこの身に起こっていた事実を隠す。

 彼女を抱きしめたまま涙ぐむ乳母の背中そっと労いながら、大丈夫だと言い聞かせるよう言葉を返せば、困ったような顔が彼女を見つめていた。

「イザベラ!」

 突然のその声に、今まで穏やかだった場の雰囲気が一瞬で変わる。ピンと糸がはりつめたような緊張感に、イザベラは背後を振り返った。