「まさか、やつと接触した者がいるのか?」

「いいえ、彼と言葉を交わしたものはおりません。⋯⋯今のところは。────ただ⋯⋯⋯⋯イザベラ様が、もしや⋯⋯」

「やつと出会っていたら⋯⋯」

 危険だ、と王は虚空を見つめる。

 茫然自失────。

 まるで動かない国王に、ギルベルトは慌てた様子もなく「陛下」と声をかけた。

「とりあえず、イザベラ様のお出迎えを。不幸中の幸いとでも言いましょうか、イザベラ様ご自身は記憶を失っておられるようでございます。何も覚えておらぬと、乳母に申してございました」

「偽りかもしれぬ」

「そうであるならば、この城まで戻ってはこられますまい」

 王はしばらくの間目を閉じ、何かを思案していた。ギルベルトはそれを何も言わずただ見つめている。

 何も知らないのであれば、これから先も知られなければよいだけのこと。しかし今まであったはずの記憶をただ失っているだけなのであれば、いつかは思い出す。

 それが数時間後か数日後か、はたまた数年後になるのか⋯⋯それは誰にも分からない。

 何がトリガーになるかも。

 問題は山積みだと。

「近いうちに腹を決めねばならぬ⋯⋯」

「でしたら、なるべく早い方がよろしいかと」

 ギルベルトは国王の言葉に賛同するようにそう述べた。