何も言わず背を向けたままのその後ろ姿は、どこか寂しげで儚くて。心音が聞こえてきそうなほどの静寂の中突然響いた衣擦れの音とその気配は、その場から立ち去ることなく二人と向き合っていた。

 伏せられていた滅紫(けしむらさき)色の瞳に彼らを映し、紅を引いたように赤く色鮮やかなその口角を僅かに上げる。

「クラウス・リーフェンシュタール────深紅の薔薇を背負いし闇の住人。赤き血に飢えた悪魔⋯⋯ヴァンパイア⋯⋯⋯⋯。呼び名は様々。────認めよう、お嬢さん。いや、姫君だったか? 美しく成長なされた」

 それだけ言い残し、部屋のドアは閉められた。

 クラウスが出て行き残された室内で、二人は互いに何も発しないまま。どれだけの時間が過ぎただろうか? 視線を合わせたまま微動だしなかったヴィクトールが、ふと彼女から数歩の距離を置き離れた。

 先ほどの人懐っこい笑顔はどこかへと鳴りを潜め、険しい表情でこちらを見ている。

「君は⋯⋯誰だ? 一体何者なんだ? この国でも、ヴァンパイアの存在を知る者はもういないと聞いた。なのに⋯⋯君はそれを知っている。⋯⋯⋯⋯君は、一体誰なんだ?」 

「あなたこそ、彼の存在を知っていた」

「黙れ! 聞いてるのは僕だ。君は何者なんだ!?」

 ヴィクトールの叫び声が部屋中に響き渡る。