「お父様は⋯⋯天に召されてしまった。でもねルーカス、息絶えることが『死』だとは限らない。例えその肉体が滅んだとしても、人の魂や強い思いは決して消えることはないのだから」

 残された者たちの中に生き続けているからだ、と。

 湧き上がる感情は、怒りとも苦しみとも取れる。しかしその根底にあるものは、果てしなく大きな悲しみだった。そんな母の胸の痛みを感じ取ったかのよう、ルーカスの小さな手が優しくその背を包む。幼い思いやりに、彼女の瞳からはさらに涙が溢れた。

 決して憎悪に蝕まれてはならない。人を貶めようとすれば、いつかは必ずその報いを受けることになるのだから。欺瞞に満ちた盾では、その鋭い矛を避けきることは出来ないだろう、と。例え「悪」が蔓延る世の中であっても、この世に「永遠」と言うものはない。始まりがあれば、その全てに等しく終わりがあるのだ。


『“彼ら”がいる限り、歴史は繰り返すであろう。しかし、負の連鎖を止められるのもまた、“彼ら”のみだ────』

 それが国王の最期の言葉だった。

 見送るその背中、その双肩には重すぎるほどの生命と誇りがのし掛かっていたことだろう。

 抱きしめていた腕を離し向かい合う我が子に、コンスタンツェはとても優しく微笑んだ。その笑みに答えるよう、ルーカスも笑顔で頷く。するとその視界に何かを捉えたのか、少し目線を下げた彼が彼女に問うた。

 この馬車に乗り込む際、母が大切そうに抱えていた「それ」を指差し、これは何かと尋ねたのだ。