それは満ちた月が天高く輝く夜のこと。

 誰も近寄らないはずのこの森の奥深く、小さな湖のほとりで少女が見つけたものは、月明かりに照され佇む人の姿だった。

 真っ白なローブを羽織り、頭部はそのフードに覆われている。深き闇夜を尚も覆い尽くさんと揺れる巨木の枝葉は、闇の持つ漆黒を吸収し続け緑を深く染めていた。

 ゆっくりと近づいてくる気配に、背後を窺うような仕草を見せるその背中。しかし、その動作は僅かな風をも起こさぬほど控えめに、けれど「誰だ?」と発するその言葉は鋭い刃のようだった。

 低く地を這うような声色に、少女の身体は一瞬硬直する。とはいえその思いとは裏腹に、その足はごく自然に前へと歩み出ていた。

 恐怖よりも好奇心の方が勝ったのだ。

「私はイザベラ。あなたは⋯⋯誰?」

 少女はその者のすぐ側まで近寄り、そこで立ち止まる。手を伸ばせばすぐ届く距離にいるのに、その背に触れることを憚られるほどのオーラを放っていた。

 なぜだか⋯⋯触れてはいけないような、そんな気がして⋯⋯。

 その背中の纏う気高く高貴な存在感が彼女を────というよりも、人そのものを拒絶しているように思えてならなかったのだ。

 そう長くない沈黙の後、微かに風が動いた。