何ものよりも心休まる暗闇の中、彼の聴覚を何かが刺激する。この雪の嵐の中、微かに聞こえてきたものは⋯⋯人の声だった。

 誰も近寄らぬこの城の門前で、その者は何かを必死に叫んでいたのだ。彼は目を閉じ、意識的に耳を塞いだ。自分には関係のないことだと、そう言い聞かせて。

 それにもう、ここには先客がいる。

 人間などどうなろうと自分の知ったことではない⋯⋯、そう思いながらも助けた命。それだけで十分なはずだと。

 漆黒の闇夜にあっても、真っ白な雪はこの城の僅かな光を反射し、深々と降り注いでいる。

 瞳を開け声のする方を見遣ると、門を開け城に向かって歩いてくる人らしき姿を捉えた。生憎、あちらは彼の存在には気づいていない。この猛吹雪だ、視界も悪い。その上、今彼のいる場所は地上からは遥かに高かった。

 当然といえば当然。

 彼が『特別』なだけ────。

 近づいて来る人影は一人。寒そうに、この吹雪に逆らい先へと進む。叫び続ける声は、確かに助けを求めていた。

 階下を静かに見下ろしていた彼は徐にテラスから離れると、開け放した扉もそのままに部屋を後にする。

 夜は「まだまだ足りない」と、今以上に闇を欲していた。