❁.



 目を覆いたくなるような悲惨な現実を、経験したことはあるだろうか? 

 自身の無力さに絶望し、立ち上がることさえできないほど打ちひしがれたことはあるだろうか?

 それは、未だ癒えることのない心の傷が見せた遠い過去の記憶────その断片なのだろうか? と。

 確かに彼は、そこにいる。けれど、何も出来ないのだ。叫び声一つ届かないその場所で、ただもがき苦しむだけ。

 その日の惨劇は、彼にとって永遠に忘れることなど出来ない血に染まる悲劇。

 まさに、集団殺戮(ジェノサイド)

 狩りをする獣の如く血走った目付きの兵士たちが、武器を振りかざし彼らの下に迫り来る。その形相はもはや、人間のそれではなかった。

 銀で造られた剣があちこちで振り下ろされ、そこかしこに飛び散る血飛沫が室内全体を真っ赤に染めて行く。すぐ目の前で繰り広げられる殺戮に、人間の残酷さと恐ろしさを彼はその身を以て感じていた。

 一族の者は皆『何者も殺めず』の掟を守り、誰一人として反撃することなく全てを受け入れている。崩れ逝くよう次々と倒れていく亡骸を、絶命しても尚切り刻むその非道さに、彼は全身の血が煮えたぎるような思いをしていた。 

 その時、ふと誰かと目が合ったのだ。