しばらくすると、私の座るベンチにさとし君が近づいてきた。
 手には出店で購入した、ビールを持っている。

「あの、今日はありがとうございます。僕まで誘ってくれて。どうぞ、あの、蘭に持っていけって言われて」

 まだ慣れないのか、たどたどしい言葉で手に持つビールを差し出した。
 はにかむ顔つきからは、蘭が元気のない理由を、把握していないことが感じ取れる。

「ありがとう」

 受け取りながらも、彼の手にもうひとつのビールを見て、心にもない注意をしていた。

「あっ、未成年も飲んでいるの? ダメじゃない」

 彼は照れるような表情だけで答えると、私の横に腰を下ろした。

「今日は蘭達と出かけることが出来て本当に良かったわ、さとし君もありがとうね、心配して付き添ってくれたのでしょ」

「はい、でも女性だけだと聞いていたのですが、守さんが居てくれたのですね」

「あれ、本当だ、守君を男性としてカウントしていなかったわ」

 話題に上がった守君を目で探すと、彼は手に持つ大きなウインナーからケチャップが垂れることを想定してか、前かがみになりながらほうばっていた。

 私はなにくわぬ表情を浮かべながら、今回の作戦を決行しようと彼を意識していた。

 これは昔、正に聞いた話だが。恋愛とは生物的学根拠で説明すると、残念ながら動物の本能が働いているらしい。
 動物は思春期になると輝く物や目立つ物を行為に求め、人はそれを、恋だと誤解するそうだ。

 確か、マンドリルという名の、猿の前で聞いたと記憶している。
 たまたま蘭の選んだ浴衣は都合が良かったし、私のかんざしもそうだ。
 今夜のさとしくんは、蘭の容姿を見てときめいているに違いない。

 マンドリルのオスなら、真っ先に蘭を選ぶはずだ。
 そして仕上げにもう一つ。

 私の懐には、糸の先に五円玉が付いた振り子を忍ばしている。

 テレビ番組で見た、催眠術を参考に作成したものだ。
 守くんで試そうとしてみたが、生憎時間が取れず今回ぶっつけ本番なのが残念である。

 私は気づかれないよう静かに懐に手を入れ始めると、それと同時にさとし君は、子供らしからぬ真面目な声色で話し始めた。

「浴衣……着るの始めてだと言っていました」

 私は彼の言葉にタイミングを逃すと、懐の振り子をつかむことをちゅうちょした。

「今着ている浴衣も社長さんからいただいたみたいで、今日はそのまま着替えずに帰りお母さんに見せるそうです。楽しそうに話していました」

 さとし君の言葉に、蘭から聞いた生い立ちを思い出してしまう。
 改めて見た彼女の横顔はいつもより幼く、なぜだかその表情が私の胸を締め付けていた。