お祭り当日、私達は仕事が終わると、事前に準備をしていた浴衣に着替え始めた。
恥ずかしいことに、浴衣の着付けが分からなかった私は、会社の更衣室を借り先生に着させてもらっている。
先生はこの日、茶色の浴衣を選んだので、私の浴衣はもう一つの白い生地のものだった。
手伝ってもらいながら袖を通すとさっぱりとした肌触りに驚き、着るだけで背筋が伸びる思いだった。
「浴衣って、こんなに着こごちが良かったんですね」
改めて見たその浴衣の柄は、繊細に細い筆使いで描かれているものの、裏地までしっかい染め上げられている、手の込んだ浴衣だった。
先生はまじまじ浴衣姿の私を見ると、笑みを浮かべた。
「この浴衣の柄は珍しく、夕暮れから夜に咲くサボテンの花を描いたものなのよ。その花は一夜だけで、綺麗に咲き散ってしまうの。おくゆかしいながらも、何だか切ない女性の気持ちを表現したものじゃないかしら」
その話を聞き納得してしまう。浴衣に描かれた花は、とても華やかに咲いてはいるが、何処か寂しくも悲しくも感じ取れる。
作品は違っても、同じ表現者として勉強させられる思いだった。
「素敵ですね、清潔感がありますね」
その言葉に振り向くと、蘭も皆でおめかしすることを、喜んでいるようだ。
大事そうに手に持つ布地に意識すると、それが浴衣であることに気づくのに一瞬考えてしまっていた。
「あれ、選んでいた中に、そんな色合いの物もあったの」
その浴衣は白地の浴衣を埋め尽くすように赤、青、水色、橙っと多彩な色を使用したものだった。
「浴衣にしては派手じゃない? そんなポップな感じのものあった?」
声が大きくなるほど驚いていると、着付けをしながら先生が答えていた。
「相沢さんが持っているのは、私が昔染めたものなのよ。それを誰かに選んで貰うなんて思いもしなかったから、嬉しかったわ」
先生は私の帯を締め終わると、背中をポンっと軽く叩き合図を送るように声をかけた。
「はい、おしまい」
蘭が着替えだすと、浴衣全体が分かりその色彩に驚いていた。
先生が染めた浴衣には、シャボン玉のような柄が描かれている。
ぼやけたもの、ハッキリした柄を取り込むことで、幻想的な印象を与えていた。
それに赤い帯を使用することにより、その姿はとても華やかで目立つ存在になっていた。
「これ、本当に先生が染めたのですか? いえ、その、自分では浴衣にこんな色使いをするなんて発想がなかったから、なんか圧倒されちゃって」
言葉遣いがわからなくなるほど、私は驚いていた。
先生はそんな私を無言のまま見つめ、微笑んでくれた。
「私が用意したやつもかすんじゃうなー」
そう言って差し出したのは、この日のために自ら準備した、かんざしだった。
柔らかい金属を使用し、スズランの花を形どった飾りを揺らしている。
「あら、京子ちゃんが作ったの? 素敵じゃない」
「はい、今日は蘭に一番目立ってもらいたいと思いまして」
先生はかんざしを手に取ると、それを蘭の髪に通した。
「良いじゃない。本当にキラキラして目立つわよ」
私も鏡で蘭に診せると、蘭も興奮気味に確認していた。
「こんなことも出来るのですね、あっ、ありがとうございます」
「まあ、これぐらい輝いてもらわないと、私の存在でかすんでしまうじゃない。でも馬子にも衣裳よ、馬子にも衣装」
冗談交じりのその言葉に、二人は笑みを浮かべて見ている。
私が浴衣が気になったのは、目立つことよりも何より着飾ることに蘭の可愛らしさが強調され、嬉しさを皮肉った言葉だった。
二人から顔をそむけると、自然に顔がほころんでいた。
守君も着替え終わると、私達はさとし君っと待ち合わせをしている駅に向かい始めた。
駅に向かう途中、商店街を歩いていると、社長の顔見知りと思われる方達に声を掛けられていた。
「おや、橘さん今日は皆さんでお出かけですか?」
声をかけてきたのは、商店街で酒屋を営むご夫婦の方達だった。
私と蘭は初対面だったが頭を下げあいさつをする。
そんな私たちを、先生は嬉しそうに紹介した。
「私のとこの子供達です。可愛いでしょう」
横に居る私達の背中に軽く手をそえると、先生は覗き込むように話している。
お店の奥さんも浴衣姿を見て、笑顔で答えてくれた。
「こんな可愛らしい社員さんたちが居たの、それも浴衣を着て出かけられるなんて素敵じゃない」
お祭りのような行事の日は、誰もが心が浮かれている。
容姿をほめてくれたのも、そんな気持ちから出た挨拶のようなものだろう。
私は大人だから、そのことは把握していた。
しかも私は普段から、可愛いとか、美人ですねとか言われ慣れているため、顔を真っ赤にして照れている蘭を見て、ういういしく感じていた。
おばさんは、改めて蘭を見て呟いている。
「本当に可愛らしい子ねー」
確かに今日の蘭は格別可愛く見える。おばさんが息を飲むように呟くのも納得してしまう。自分事のようにほこらげだ。
おばさんはしみじみ語った後、笑顔のまま私に目線を移した。
どうやら今度は私が、ほめられる番のようだ。
私は蘭には悪いが、まだ彼女の持ち合わせていない大人を演出するべく、黒田清輝さんの作品、湖畔のような表情をみせていた。
みんなの長すぎる沈黙は、本当の意味で息を飲んでいたのだろう。
「……素敵、素敵な……浴衣ねー」
聞き取りづらい小声に顔を向けると、おばさんは視線を浴衣に移し、申し訳なさそうに話していた。
「ちょぅと、おばさん、浴衣では無く私のことも褒めてよ」
慌て出た言葉に社長と蘭は笑っている。
やっぱり蘭は笑顔が似合う。喜劇のような会話の中、私は安心のような気持ちを抱いていた。
お店の方の言葉に、周りの男性達が蘭に気付くと、ヒソヒソと声が聞こえ始めた。
「おい、凄く可愛い子がいるぞ」
「本当だ、いやに目立つし、芸能人みたいだ」
ふたたび歩き出してからも、駅までの間すれ違うほとんどの男性は蘭を目で追っていた。
「可愛いなー」
言葉が聞こえると、蘭は恥ずかしそうな表情を浮かべ、それがまた男性の気を引いてしまう。
へーやっぱり、注目されているんだ。まあ、浴衣の効果もあるのだろうが、あの人も、この子も見ているじゃない。
あまりにも蘭を意識する人が多いので、私は驚き気になっていた。
蘭は恥ずかしそうに顔を伏せながらも、この状況を誤魔化すように私に問いかけてきた。
「あのー京子さんが話してた、作戦ってなんですか」
その質問に答えようとしたが、すれ違う男性の目線が気になっていた。
なーに私のことは誰も見ていないじゃない。遠慮しているのかしら? それとも完璧すぎて、高値の花だとあきらめているのかしら?
美人過ぎる自分を理解しながらも、あまりにも差別化する男性の視線に、目立つ浴衣を選べばよかったと後悔をしていた。
「先生、来年は目立つやつを、貸して下さい。蘭の浴衣より、もっと目立つ浴衣を」
不貞腐れながらもそう話すと、先生は真顔で答えていた。
「あら、貴方の今着ている浴衣はとっても素敵よ。私の染めたものなんかと比べてはダメ」
私はなぐさめるような言葉にも不貞腐れていると、先生は少し考え小声で教えてくれた。
「実はその浴衣を染めた方は、この前人間国宝に選ばれたのよ。それを自然に謙虚に着こなすなんて流石だと思うわ。あなたのための作品見たいよ」
その言葉に、喜んでいいのか迷っていた。ただ特別な浴衣であることを理解すると、まんざらではなくなっていた。
駅に着くと大勢の人ごみの中、さとし君は既に到着していた。
細身の体型に小顔の彼は、今流行のアイドルのように髪の毛を伸ばしている。
手を腰に当て、気取っていたさとし君だったが、蘭の浴衣姿を見るなり、その表情は驚きに変わっていた。
「さとし、お待たせ」
「橘です。はじめましてさとし君」
さらに先生が挨拶をすると、同行している人物が誰であるかを理解し、彼は言葉が出せずに口を開け頭を下げていた。
「さとし、なに緊張しているの?」
蘭が笑いながら話すと、彼は弁解するように答えていた。
「だって、ほら、会社の人とは聞いていたけど、まさか社長さんが来るとは思わなかったから」
そう説明し一拍おくと、声をかけるタイミングを測るように、たどたどしい挨拶をしていた。
「初めまして、あのー、……相沢さんがお世話になり、なっています。鈴野さとしと言います」
事前に蘭から聞いていたが、彼もこの日のために浴衣を借りたらしい。
当初は拒否をしていたらしいが、蘭のことを考え服装をあわせて来たのだろう。
少しサイズが大きくも見えるが、彼なりの礼儀作法が嬉しく感じる。
緊張のせいだろうか、顔を伏せる彼の姿に、自然に背中を叩いていた。
「よろしくね、私、霞京子」
挨拶を済ませ、お祭りのある神社に歩き出す。
守君は何も考えていないのか、高校生である彼に対し、友人のように話をしている。
「さとし君はビール好き? 神社に着いたら出店で飲もうよ」
心開いた問いかけに、隣で聞いていた蘭が答えた。
「守さん、私達未成年ですよ」
そんな光景を目の当たりにして、私は今日の目的を忘れてしまうほどだった。
神社に着くと、蘭の友人と思われる女の子達が小走りに近寄って来た。
喜びのあまり、お互いの手を合わせるように叩き会っている。
今日という日を楽しい時間にするため、来てくれた彼女達は今回の協力者であった。
さとし君の心を開放的にし、私と会話しやすい雰囲気作りに一役買ってくれたのだが、今はそのことも忘れたかのようにこの時間を楽しんでいるようだ。
何て素晴らしい子達だ。
普段見かけない浴衣姿に、お互いをほめたたえている。
「凄いね、この浴衣とっても可愛いね」
悲鳴のように聞こえる喜びの声も、子供ならではのようだ。
私は茜と待ちわせ場所に選んだ、境内横のベンチに近づいて行く。
そこに座り、周りを見渡せることに安心をしていた。
先生は町内の顔見知り、守君や私も、幼馴染が子供を連れての再開に喜びを感じていた。
何気なく先生を見ていると、友人と思われる女性と手を合わせ悲鳴のような声を出していた。
どうやらその喜びの行為は、子供だけの物ではないことを知り驚いていた。
少し距離置き目に映る景色に、冷静な感情を受け止めることが出来ている。
優しく光る提灯の下、楽しそうに会話をするのを見ているだけで、心は満たされていた。
子供の頃は毎年訪れていたのに、いつから参加しなくなったのだろう。
大人になり地元を離れる者も入れば、地元に居ても出かけるのがおっくうになり、楽しみを自ら遠ざける者もいる。
私は楽しさしか伝わらないこの場所の雰囲気に、何故か感傷的になっていた。
しばらくすると、私の座るベンチにさとし君が近づいてきた。
手には出店で購入した、ビールを持っている。
「あの、今日はありがとうございます。僕まで誘ってくれて。どうぞ、あの、蘭に持っていけって言われて」
まだ慣れないのか、たどたどしい言葉で手に持つビールを差し出した。
はにかむ顔つきからは、蘭が元気のない理由を、把握していないことが感じ取れる。
「ありがとう」
受け取りながらも、彼の手にもうひとつのビールを見て、心にもない注意をしていた。
「あっ、未成年も飲んでいるの? ダメじゃない」
彼は照れるような表情だけで答えると、私の横に腰を下ろした。
「今日は蘭達と出かけることが出来て本当に良かったわ、さとし君もありがとうね、心配して付き添ってくれたのでしょ」
「はい、でも女性だけだと聞いていたのですが、守さんが居てくれたのですね」
「あれ、本当だ、守君を男性としてカウントしていなかったわ」
話題に上がった守君を目で探すと、彼は手に持つ大きなウインナーからケチャップが垂れることを想定してか、前かがみになりながらほうばっていた。
私はなにくわぬ表情を浮かべながら、今回の作戦を決行しようと彼を意識していた。
これは昔、正に聞いた話だが。恋愛とは生物的学根拠で説明すると、残念ながら動物の本能が働いているらしい。
動物は思春期になると輝く物や目立つ物を行為に求め、人はそれを、恋だと誤解するそうだ。
確か、マンドリルという名の、猿の前で聞いたと記憶している。
たまたま蘭の選んだ浴衣は都合が良かったし、私のかんざしもそうだ。
今夜のさとしくんは、蘭の容姿を見てときめいているに違いない。
マンドリルのオスなら、真っ先に蘭を選ぶはずだ。
そして仕上げにもう一つ。
私の懐には、糸の先に五円玉が付いた振り子を忍ばしている。
テレビ番組で見た、催眠術を参考に作成したものだ。
守くんで試そうとしてみたが、生憎時間が取れず今回ぶっつけ本番なのが残念である。
私は気づかれないよう静かに懐に手を入れ始めると、それと同時にさとし君は、子供らしからぬ真面目な声色で話し始めた。
「浴衣……着るの始めてだと言っていました」
私は彼の言葉にタイミングを逃すと、懐の振り子をつかむことをちゅうちょした。
「今着ている浴衣も社長さんからいただいたみたいで、今日はそのまま着替えずに帰りお母さんに見せるそうです。楽しそうに話していました」
さとし君の言葉に、蘭から聞いた生い立ちを思い出してしまう。
改めて見た彼女の横顔はいつもより幼く、なぜだかその表情が私の胸を締め付けていた。
やだ蘭ったら、そんなことで喜んでいたなんて、バカなんだから。
楽しそうな表情が遠目にわかると、本来の作戦を忘れてしまい会話を続けていた。
「さとし君は蘭とお付き合いするようになった時、嬉しかった?」
彼の照れくさそうにうなずく動作だけが目に入ると、私は安心をしていた。
「私にも特別な人が居るのだけれど、声をかけられたとき嬉しかったわ、でもその人外国に行っちゃうの、ボランティアだって」
「あっ、ボラン……すごい……ですね」
「本当は、側に居てほしいのだけれど、その人の夢なんですって、しょうがないのかな? 一生懸命好かれるように努力して、一生懸命告白してくれたのに、私だって一生懸命嫌われないようにしていたわ、そうゆうのって勝手な事情で忘れちゃうみたいね」
「……」
「でも私も最近そのことに気付けたんだ、情けないよね」
彼に目線を移すと、沈黙したまま話を聞いてくれている。
手に持つビールにも口を着けること無く、どのような言葉を返したらいいのか、迷っているようだった。
時折私達を意識する蘭の表情は、不安そうに映っていた。
「ところで、学校には蘭とさとし君の友達グループの中に、男の子っている?」
突拍子もない質問に、不思議そうに答えた。
「はい。いますけど、何でですか」
「ほら見て蘭のこと、特別に可愛くない? 彼女これから更に奇麗になるわよ。しっかり側に居て好かれるように努力しないと、あなたの友達や周りの男の子達に、心を奪われちゃうかもしれないわよ」
さとし君は蘭を見つめ考えていた。
「私の彼にも言いたいのよ、私を置いて旅立つなんて、邪魔者が居なくなってチャンスだと思う人が居たらどうするの、目の届かない場所に行って平気なのって。女はいつも側に居てくれる人の方が……ねえ」
さとし君は私が言いたいことが理解したようで、目を見開いでいた。
「まあ、私も後悔しないよう頑張ろうと思っているんだけどね、頑張ってもっと彼に好かれてみる、ダメなところも好いてくださいっと言うより、好かれることを頑張っている人の方が……そうねえ、若者風の言葉で言えば、イカシテルっかな?」
さとし君は小さくうなづくと、その場に立ち上がり、手に持つビールを勢いよく飲み干していた。
近くのごみ箱に容器を捨て、再び私の前に立ち止まると、恥ずかしそうに聞いてきた。
「俺、あっ僕……顔赤いですか?」
手で軽く自分の髪形を直すようにする、彼の素直な態度が見えると、私は冗談交じりに答えていた。
「うーん残念だけど、ちょっと赤いかな? でも大丈夫よ、十分男前よ」
彼は私に軽く頭を下げると、蘭の側に駆け寄っていた。
あれ、これで良かったのかな? 辞めることを引き留める話も、振り子を使用することも出来なかったけど。
近寄るさとし君を見て、蘭の笑顔はさらに眩しいものに変わっていく。
まあ、駄目なら、また改めて話せばいいか。
楽しそうな二人を観て、何故かその時、安心する私がそこに居た。
神社から空を見上げると、周りの木々に囲まれた中央には、私達だけの星空が浮かんでいる。
そこには数多くの小さな星達が、街の光に消されながらも、薄っら輝いていた。
「星が二つ現れると、夜になるんだっけ?……子供の頃、何でそんな覚え方したのかしら?」
私は星空を見上げ、そんな言葉をつぶやいていた。
お祭りを楽しんだ私達は、手荷物を取りに行くため一旦会社に向かい歩き始めていた。
蘭に友達が別れを告げると、彼女たちを観て茜のことが気になっていた。
神社で会えなかったことに残念だと思うと、後ろめたい気持ちが交さなり合う。
やはり、何かしらの用事が有ったのだろうか?
行きたくても行けない誘いの言葉を掛けたことに、気持ちを落ち込ませ歩いていた。
帰宅する人々の群れの中、私達は身動きが出来ない状態のまま流れるように歩いていた。
守君は私の背後に近づき、背中に手を当て歩いている。
「ちょっと、押さないでよ。あんた私を使って人を防いでいるでしょ」
「そんなことしていませんよ。でも、道を変えればよかったですね」
「あんた男なんだから、先生を守りなさいよ」
駅近くの遮断機の警報が聞こえると、注意を呼び掛ける警察の声が聞こえる。
慌てだす人々の声がより一層聞こえると、私はなにげなく反対側に有る駅に、目を移していた。
駅に群がるように集まる人ごみの中、そこを避けるように少し離れた場所に二人の少女の姿が見えた。
私はその少女の一人が、茜で有ることを確信すると、声を張り上げていた。
「あっ、茜だ」
手を大きく振り声を出したが、お祭り帰りの大勢の人で目立つことも声が届くこともなかった。
間隔を開け鈍く光る街灯と、月明かりのせいか白い浴衣姿の茜を輝かせている。
「茜、待っていて、すぐ行くね」
急に張り上げた声に守君達は驚いている。
「どうしたんですか?」
「友達、私の友達が来ているのよ」
守君達は私の指さす方向を見て探している。
「どんな方ですか、どんな服装ですか」
「女の子、ほら、あそこの街灯の下に居る、白い浴衣の……」
再びその場所を確認すると、そこに茜の姿はなくなっていた。
「あれ、どこだろう、移動したのかな」
時間がかかりながらもその場所に着くと、茜は居なくなっている。
「見間違えじゃないですね」
辺りを見渡したが存在は無く、先ほどまでの輝きも無くなったかのように薄暗い街灯に照らされていた。
一瞬だったが、茜が来ていることを確認していた。
白い生地に、若草色の柄が染められた浴衣だった。
その姿はまるで月明かりに輝く、美人な花のように映っていた。