守君も着替え終わると、私達はさとし君っと待ち合わせをしている駅に向かい始めた。
 駅に向かう途中、商店街を歩いていると、社長の顔見知りと思われる方達に声を掛けられていた。

「おや、橘さん今日は皆さんでお出かけですか?」

 声をかけてきたのは、商店街で酒屋を営むご夫婦の方達だった。
 私と蘭は初対面だったが頭を下げあいさつをする。
 そんな私たちを、先生は嬉しそうに紹介した。

「私のとこの子供達です。可愛いでしょう」

 横に居る私達の背中に軽く手をそえると、先生は覗き込むように話している。
 お店の奥さんも浴衣姿を見て、笑顔で答えてくれた。

「こんな可愛らしい社員さんたちが居たの、それも浴衣を着て出かけられるなんて素敵じゃない」

 お祭りのような行事の日は、誰もが心が浮かれている。
 容姿をほめてくれたのも、そんな気持ちから出た挨拶のようなものだろう。

 私は大人だから、そのことは把握していた。
 しかも私は普段から、可愛いとか、美人ですねとか言われ慣れているため、顔を真っ赤にして照れている蘭を見て、ういういしく感じていた。 

 おばさんは、改めて蘭を見て呟いている。

「本当に可愛らしい子ねー」

 確かに今日の蘭は格別可愛く見える。おばさんが息を飲むように呟くのも納得してしまう。自分事のようにほこらげだ。
 おばさんはしみじみ語った後、笑顔のまま私に目線を移した。

 どうやら今度は私が、ほめられる番のようだ。
 私は蘭には悪いが、まだ彼女の持ち合わせていない大人を演出するべく、黒田清輝さんの作品、湖畔のような表情をみせていた。
 みんなの長すぎる沈黙は、本当の意味で息を飲んでいたのだろう。

「……素敵、素敵な……浴衣ねー」

 聞き取りづらい小声に顔を向けると、おばさんは視線を浴衣に移し、申し訳なさそうに話していた。

「ちょぅと、おばさん、浴衣では無く私のことも褒めてよ」

 慌て出た言葉に社長と蘭は笑っている。
 やっぱり蘭は笑顔が似合う。喜劇のような会話の中、私は安心のような気持ちを抱いていた。