温もりを感じようとゆっくり伸ばす指先に、茜は気付き顔をこちらに向け不思議がっている。
 頬に宛てる予定の指先は、思わず彼女の鼻を押し上げる形で当てていた。

「この指は何ですか?」

「ごめん、なんだか寂しくなってしまい」

 普段から私の冗談になれてしまった茜は、嫌がることも抵抗することなく、鼻を持ち上げられながらも笑っている。

 そんな微笑む表情見て思っていた。
 普段は笑顔で接している彼女も、蘭同様に人には余り語ることの無い悩みや、心のわだかまりみたいなものをもっているのかもしれない。

 初めて会った泣いていた理由も、いまだ会話することもできていない。

 久しぶりに会うこの素晴らしい時間を。彼女の大事な時間を、台無しにしないように考えると焦ってしまう。

「明日は……夏祭りですね」

 茜は豚さんの鼻で、話題を切り替えてくれた。
 しかもそのことは、以前から持ち掛けようとしていた言葉だった。
 抑えていた指を鼻から離すと、嬉しさのあまり食いつくように切り出した。

「そう、それでね、会社のみんなでお祭りに出かけるんだけど、茜も来ない。みんなで浴衣を着て繰り出そうよ」

 茜は鼻を擦り目線をそらすと、声にいつものような元気はなかった。

「誘ってもらえてうれしいです……でも」

「あっ、浴衣? もちろん浴衣では無く、普段着でも。あっ、そうか、ごめん。予定も聞かないでとうとつ過ぎたね」

「いえ、その、違うんです」

 せかすように、会話を進めた私は、茜を困らせている。
 自分自身を落ち着かせようと意識すると、発言を止めていた。
 茜は私を見つめると、決断するように話し始めた。

「今はハッキリした返事は出来ませんが、でも私も。……私も浴衣を着てお祭りの場所に行きます。行けるようにお願いを」

「お願い?」

 問いかけのような言葉に、茜の表情は強張っている。
 一緒に出かけようとしてくれているが、用事か何かがあるのだろうか。
 語尾は聞き取りづらかったが、お願いという言葉は、その用事を早く切り上げられるように、相手に相談を持ちかけるのだろう。

「そうか、ごめんごめん。久しぶりに会えたのだけでも嬉しいのに、何を焦っているのだろう」

 発言する言葉一つ一つが、茜を悲しませているように感じてしまう。 

 どうしたら心を楽にさせられるかを考えると、私は茜の顔の前に小指を立てるようにして差し出していた。

 差し出した指をみつめた茜は、その意味をすぐに理解すると、ゆっくり小指を出しそれに絡ませる。
 私は昔からある約束の歌を変えて、歌っていた。

「指切りげんまん……お祭りに出かけられたら、茜は気にしないで私が探すから。 もし会うことが出来なくても大丈夫。指切った」

 約束の歌が終わると、茜は考えるような表情で少し首を傾げた。

「即興で作ったから、かなり字余りになっちゃった」

 おどける言葉に、お互い顔を合わせ笑っていた。
 いつもの笑顔に戻った茜は、微笑みながら優しい口調で話す。

「ありがとうございます。京子さん」

「いいのよ、無理にでは無く、行けたらで、ね。ほら、お祭りは来年も再来年もあることだし」

 私達は曖昧ながら、そして何故だか寂しい気持ちを残しながら、お祭りの行われる神社で会う約束をし、その日は別れていた。