質素で色気のない木箱だったが、何やら達筆な筆文字と焼き印が押されていた。

「この二つ内どちらかを着たいと思っているのよ」

 箱を開け、包まれていた和紙をめくり見せてくれた浴衣は、清潔に規則正しく畳まれている。
 その内の一つは全体が茶色に染まった浴衣で、控えめに黒い柄が描かれていた。

 もう一つの浴衣は白地で、水色と紺色で描かれた花の模様があるものだった。
 どちらも高級に、大人の雰囲気がある落ち着いたものだったが、若者が好むような華やかさを、表現するものではなかった。

「まだ一度も着て出かけたことが無いから、可哀そうでね」

 目を細め嬉しそうに話している。
 私はこの落ち着いた印象は、今回の作戦にうってつけだと感じていた。

「じゃあ、先生が選ばなかったほうを、私が当日着てもいいですか」

「本当。京子ちゃんが着てくれたら、私も見ることが出来るから嬉しいわ」

 私達はきれいな浴衣や先生の笑顔をみて、当初の目的をふくめ楽しみを膨らませていた。
 その膨らみは、さらに膨らみ、茜も誘い同じ時間を共有出来たらなどと考えている。
 夏祭りの日が、待ちどうしく感じるほどであった。

 しかし、それからの数日間。帰り道の水路横のベンチに出向いていたが、茜に会うことの出来ない日々が続いていた。
 楽しみのように考えていた気持ちは薄れ、胸騒ぎを覚えてしまっている。

 どうしたんだろう? 何かあったのかしら? いや、そんな悪い考えはよくない。きっと旅行や今の季節を楽しんでいるのだろう。

 誰も居ないベンチに座ると、肌に当たる風は涼しく感じ始め、夏の終わりが近づいていることを告げているようだった。