「でも、おかげで好き嫌いも無いですし、食べ物のありがたみも実感できていると思います。ほら、苦労は若い時にしておけって、よく言うじゃないですか。人と違った経験が出来て今は良かったと思っています」


 初めて聞く彼女の生い立ちに、これから幸せになってほしい。幸せになるべきだと願うほどだった。
 今後彼女が明るい人生を歩めるのならば、私が側で協力し見守りたい……そう一緒に咲いてあげられる花のような存在になりたい。

 以前茜に聞いた言葉を当てはめるように考えていた。

「蘭は良い子だね」

 私は彼女を認めるように、ただ自然に言葉が漏れていた。
 蘭はその言葉の何かに気づくと、先ほどまでの明るい表情は消え、いつものように眉をおろしていた。

「社長も同じ言葉をかけてくれます。でも私良い子じゃないですよ」

 明るい口調も呟くように変わり、声は時折をふるわせているように聞こえる。

「仕事だって、何でも良かったんです。……最初は紹介でも気に入らなかったらすぐに辞めようと考えていました」

 始めて心の内を明かす弱い彼女が目に映ると、側に寄り無言のまま頭をなぜ下していた。

「ただ社長が何かするたび、良い子だ、良い子だっと褒めてくれるんです。落ちているゴミを拾った時も、椅子の位置をちょっとそろえた時も、ほめてくれて……」

 話を続ける蘭の声が泣き声交じりに変わると、視線を空した瞳からはポロポロっと涙がこぼれ始めた。

「前に友達と遊ぶためずる休みした時があったのですが、次の日に私の体のことばかり心配してくれて、そんなんじゃないのに。私、その時ばかりはとっても辛くて。……なんだか期待に答えられるような、良い子にならなきゃといけない……て」

 蘭は涙をぬぐいながら、あきれるような言葉遣いで先生のことをつぶやいていた。

「なんなんでしょうか、あの人」

 突っぱねるかのような言葉と言い方ではあるが、その内心は先生の人柄を認めていることがわかり、嬉しくなっていた。
 共感出来る思いに、私は自分自身を笑うように語っていた。

「バカねー、先生は良い人よ、蘭も良い子じゃない。誰が見たってそう思うわ」

 蘭は涙を流しながらも、強い自分を装い顔を上げている。
 
 強い子だわこの子。それにスッキリした顔してる。
 内容が内容だけに思っていたことを吐き出すと、気持ちいいのよね。

 私はこの場の雰囲気を明るくするため、今度こそ例のあれを見せようと試みた。