家に近づき、開けられたままの玄関先が見えると、母は私の帰宅の言葉よりも先に駆け寄って来た。
 会社の友人を連れてきたことが嬉しかったのだろうか、訪れた蘭に興味を示している。

「ずいぶん遅かったじゃない。こちらが電話で言っていた方。いらっしゃい、あら、可愛らしい子ね」

「はじめまして、相沢です。急に来てしまい申し訳ございません。京子さんには、いつもお世話になっています」

 蘭は姿勢を整え、母に挨拶をしている。
 容姿はお世辞にも真面目だとは言えないが、社会人らしい言葉や態度を示してくれたことに、私は嬉しく感じていた。

 母はまじまじ蘭を見つめると、私の友人らしからぬ若い子に喜んでいる。

「あらー本当に可愛らしいわな、家の子にしたいぐらいよ」

 繰り返すように褒める母の言葉に、改めて蘭は可愛いことに気付かされていた。

 母は蘭のことが気に入ったようで、食事をする手を止めさせてしまうほど、会話を続けている。

「お母さん! そんなに話を続けるから、蘭も食事が出来ないじゃない」

「いいじゃない。滅多にこんな若い子としゃべる機会が無いんだから、ねー相沢さん。遠慮しないで、おかわりしなさい」

 母は自分のおかずも、進めてしまうほどだ。
 食事に出されたものは、焼鮭にみそ汁、お新香におひたしなどの、旅館で出される朝食のようだった。
 
 食事の行儀作法が、丁寧と表現して良いのだろうか?

 お茶碗を極力汚さないよう、おかずはご飯に乗せることなく、私より女性らしく思えた。
 箸や茶碗の持ち方もちゃんとしていて、感心するほどだ。
 
 楽しそうに母と会話する顔を見て、当初の不愛想な印象は消え去っていた。

 食事が終え、私の部屋でくつろいでいると、蘭は興味が隠し切れない笑顔で部屋の中を見ていた。
 
 無造作に置かれた過去のデザイン画。
 オブジェの試作で作られた粘土細工など、初めて見る資料に興味が湧いたのだろうか?
 
 お茶を飲みなが、今もたわいの無い会話を続けていた。