遠回りして、普段見慣れた会社近くの駅に着くと、ホームに移動する正に問いかけていた。

「ねえ、東南アジアには何時旅立つのよ」

 それまで笑顔だった正は、少し顔を曇らせた。

「十二月になったら、日本を旅立つよ」

「そっかー、後四ヵ月か。私には関係ないけど」

 時間が押し迫っていることを確認すると、装いの表情も出来なくなってしまう。
 周りから聞こえる雑音の中、言葉をかけられず正を見送った。

 遊園地の遊具の音。こどのはしゃぎ声。電車の音。蝉の鳴き声。
 それらを置き去りに、いつもの帰り道を歩いていた。


 踏み切りを渡り、小さなトンネルをくぐる。
 そのトンネルは車一台が通ると、歩行者は壁に張り付くほどの道幅だ。

 距離にしても数十歩で終わってしまうほど短く、おまけみたいなトンネルではある。その可愛い作りは昔から私のお気に入りだ。


 そこを抜けると今度は細くくねくねした道が続く。
 横には水路が流れ、植えられた木々たちは夏の日差しをさえぎってくれている。

「フーン♪フフーフーフー♪」

 そんな素敵な景色の中、心情をごまかし鼻歌混じりに歩いていた。
 数か月前に訪れた、花屋のガラス窓には張り紙がしてあり、そこにもペンタスっと文字が書かれていた。

 あっ、さっき聞いた名前。

 ガラス窓に映った私は、気が付けば大人の女性になっている。
 そんな自分に問いただしていた。
 出会った頃の私だったら、現在のこの状況をどうしていただろう。


 人のために外国に旅立つことに、胸を張って喜んでいたのだろうか? 背中を押していただろうか? 
 そんなことを思い自分を、かっこ悪く感じていた。