足早に家を離れると、私達は仕事の時間まで散歩している。

 近くに流れる川を見ながら、送り出す駅まで遠回りして歩くのも、少しの時間でも側に居ようと思う昔から染みついた行動だった。

 正は思いつくまま、夏の日差しを見上げるように話した。

「暑いな」

 私もその言葉に、自然に言葉を返していた。

「暑いねー」

 仲直りしたわけでもない私達は、お互い目を合わせることなく、少し表面的な会話を続けていた。
 一人の時には、正を引き止める言葉ばかりを考えていたのに、本人を目の前にすると、強がった自分を演出してしまっている。

 ヨーロッパのコンテストに入賞していれば、きっと違う気持ちで向き合えていただろう。


 こうやって、出勤前に会いにきてくれているのに、意地はって冷たい態度を取るなんて。
 本当に私って、情けない女だ。

 休日の河川敷では、親子連れの家族や、野球を楽しむ子供たちがいる。
 強い日差しが、川の水面に反射すると、目を細めるようにそれらを眺め歩いていた。 

「そうだ、京子。久しぶりに動物園にでも行こうか」

 正の誘いに、視線を向けることも無く、あいまいに答えた。

「うん、そうね」

 正は昔から、動物が好きなことは、当たり前のように認識している。
 誕生日プレゼントに何がいいかとたづねた際も、子供のように動物図鑑と答えるほどだった。

「ゴリラって胸叩く印象有るだろう、あれはドリミングって言われていて、攻撃の合図だと勘違いされるけど、実際は争いごとは止めませんかって言っているんだって。紳士的だよな」

 今も歩きながら動物の説明をしているのは、会話に困り、知識を絞ってのことだろう。
 私はそんな内容に興味は無いが、一生懸命説明をする正のことは、イヤではなかった。

 そうだ、そう言えば最初のデートに出かけた先は、動物園だったわ。
 私はその近くの美術館が良いと言ったのに、笑ってごまかされたんだっけ。

 昔のことを思い出すと、色々なことが頭に浮かぶ。
 正は出会った頃を思い出すため、動物園に誘っているのだろうか? それとも二人の別れを思い出で締めくくろうとしているのだろうか?

 そんな余計な詮索を、不思議と考えてしまっていた。