事務所に戻ると、先ほどまでとは違う、空気の匂いを感じていました。
 雨が止んだらしく、窓は大きく開けられ、優しい風が入り込んでいます。
 京子さんは席に戻りながら、窓を指差し私に話しかけます。

「雨が止んだみたい。帰りは傘いらないねっ」

 風に流される雲の隙間から、弱々しい日差しが、窓辺の植物を照らし強調させていました。
 私は、先日手に入れた願いを叶える花のことが、頭に浮かびます。
 この会社で勤めるなら、この人のように慣れれば。

 せっかく手に入れたのだから、それぐらいの夢を見ても良いなどと、隠し忘れた気持ちを発見したようで、表情がほころびます。
 緩んだ表情を見せたくない私は、壁際の棚に姿勢をむけ、予備の封筒をしまいました。
 
 席まで京子さんが近づいたくらいでしょうか、窓からはそれまでとは違う強い風が、音をたてて入り込んできました。
 私は驚き、視線を窓に向けました。

 その風は不思議と悪さをする訳でもなく、私の机の上に置かれいたノートだけを、開くようにめくっています。

 パラッ。パラッと、ゆっくり音をたて、めくられていくノート。
 京子さんの意識はそちらに向けられ、覗き込むように立ち尽くしていました。
 そこには私が描いた数々のイラストと、デザイン画で描き埋め尽くされています。

 基本的な自分の左手や、被写体のバランス捉え方。生き物の動きなど、社長に教わった知識と練習方法が記録されています。
 覗き見る京子さんからしたら、大人と赤ん坊ほどの差があると思います。
 恥ずかしくなり慌てて駆け寄り、ノートを閉じました。

 京子さんは私を諭すように、言葉をかけます。

「ごめんごめん。私も同じようなことしていたから、懐かしくてね。もしよかったら、ちょっとだけ見せてくれる?」

 京子さんの言葉に、内心見てもらいたいと思う気持ちもあり、勇気を持ってノートから身をどけました。