私は文字より目立ちすぎる跳ねる水面を消し、静かに波打つ水紋だけに変更した。
 相沢さんが表現したかった描写は、最後の一滴が静かに落ちたものだと感じ取れたからだった。

「静かな動きって難しいよね。こんな表現方法もあるけどどうかな?」

 見せるように差し出すと、受け取った相沢さんは、うつ向き加減にそれを見ていた。
 私はすぐさま、冷静になり後悔をしていた。

 あっ、やっちゃった。人の作品にペン入れちゃった。

 無意識とはいえ、何をしているんだろう。普通嫌よね、彼女からしたら私の方が後輩だし、指導者じゃないのに。
 これでは美人だけが取り柄の、ただのおせっかいなお姉さんじゃない。
 先生も覗き込むように作品を見ると、冷静な顔つきで声に出していた。

「うん、規則正しい文字のレイアウトには、静かなものが似合うわね。安らぎを提供したい。そんな気持ちが、私にも伝わってくるようよ」

 先生の感性も流石だが、その言葉も上の空に、相沢さんが気になっていた。
 すると彼女は顔を下げたまま、つぶやいた。

「そう、こんな感じを、あっいえ……ありがとうございます」

 その時一瞬ではあったが、少し嬉しそうな表情を浮かべたように思えた。
 先生は笑顔になると、見入る相沢さんの肩に手を触れ、アドバイスをしていた。

「これで行きましょう、相沢さん色付けしたものを何通りか考えてくれる。コーヒーだからと言って、背景を黒色にこだわること無いのよ。それをみんなで選んでいきましょう」

 少し活気立つ皆を横目に、私は視界に入らない給湯室まで移動すると、安心のあまりしゃがみ込んでいた。
 ふっー危ない危ない。私ったら何やっているんだろう?
 私は断るつもりで来たことを思い出し、自分の行動に呆れていた。

 まーいいか。

 落ち込んだ気持ちの中、少しだけこれで良かったのでわないかと、思えている。
 頭の中では、相沢さんの表情が喜んでいるように見え、少し嬉しく感じているみたいだ。

 それでも今後は注意しなければっと考えた私は、ゼスチャーまじりに手を左右に広げ「セーフ」っと声に出していた。