翌日、橘先生の誘いを断ることを決意していた私は、置き忘れた植物を取りに行くため、朝から橘デザインに足を向けていた。
 玄関先に出ると、子供の頃から知る近所のおばさんが、母と伊野畑会議をしている。


 母は前日に用事が有ると話していたが、今は雑談に夢中で、時間を忘れているようだった。

「おはよう、おばさん、お久ぶりです」

 おばさんは、外国ブランドで身を包む私の姿を見て、喜びながら驚く口調で答えてくれた。

「おはよう京子ちゃん。しばらく見ない間に立派になって、見違えちゃうわね」

 母はおばさんの言葉に喜んでいるが、素直な言葉で答えることは無かった。

「なに言ってんのよ。いっちょ前に気取っているだけよ。仕事のことばかり夢中になって、未だにお嫁に行けないんだもの、嫌になっちゃうわよー」

 予測出来る母の言葉に、私達三人は失笑してしまう。

「お母さん、そんなことより時間は大丈夫なの? 用事が有るって言っていたけど、まさか待ち合わせとかじゃないでしょうね」 

 母はそのことに気付くとイソイソっと家に入って行く。
 二人っきりになるとおばさんは、頃合いを見計らったように話してきた。

「京子ちゃん、今もお母さんと話していたんだけど、昨晩あなたのことを聞いてきた人がいたんだけど大丈夫?」

 突然の内容に、疑問をいだきながら聞いていた。
 
 おばさんの話では、私のことを聞いてきた人は、年齢的には四十代位の女性だったらしい。
 上品な白い背広姿で、近くには運転手付きの車を待たせていたそうだ。

「私ね、その人が余りにもお金持ちそうだったから、つい貴方のことを自慢したくて、外国まで行った一流のデザイナーですよ。って言ったんだけど、まずかったかしら」

 話を聞いて考えていた。
 私の周りで上品そうな女性と言えば、橘先生とデザイナー業界の人しかいない。 
 先生には昨日お会いしているし、そうすると業界関係だと推測する。

 私がどのような行動をして復帰するかを、確認しに来たんだろうか。
 
 そうだわ、きっとそうよ。

「大丈夫よ、おばさん何となく心辺り有るから、心配しないで」

 笑顔を取りつくろい問題ない事を告げると、私はその場を立ち去っていた。

 最寄りの駅に着くと、そこはホームが左右に分かれている。
 一つしか無い改札を抜けた後、会社方面のホームに行くには、線路を渡るように中通しを渡らなければいけない。

 電車が見えると、駅前後の遮断機同様、中通しの遮断機も下がので、急いで渡らなければ電車に乗り遅れてしまう。
 私は手慣れたように改札を走り抜けると、駅員が私を呼び止めている。

「駄目だよ、お客さん。切符切らなくちゃ」

「無人の時も有るから別にいいじゃない、急いでいるから今回は大目に見てよ」

 走りながらそう告げると、私は慌てて電車に飛び乗った。