「いらっしゃいませ」

 少しぶっきらぼうな挨拶をした彼女は、私を見て疑うかのような眼差しを、しているようだった。

「今日約束していた霞です。先生いますか?」
「先生? あっ社長のことでしょうか? ……お待ちください」

 彼女は机の上の受話器を持ち上げ、どこかに電話をかけ始めた。

「社長、今会社に……カスミ様がお見えになりました」
 私が来たことを報告している、直ぐに来られる場所なのだろうか。
 彼女の発言から、会社近くにある自宅に戻っていると推測していた。


 改めて室内を見渡すと、使われていると思われる机は中央に数席。
 東側の壁には大きな窓ガラスが立ち並び、その前には植物の入っていない鉢が、数個重ねられていた。
 別の壁に置かれた二つの戸棚には、物も置かれることも無く、寂しくも見える状態だった。


 どうしたのだろう? 子供の時はデザインを担当する人が五、六人はいたのに。 
 顔は思い出せないが、当時のにぎやかな記憶を重ね現在の状況に不安を覚えながら見つめていた。
 彼女は電話が終わると私に近づき、手を差し伸べながら話した。


「橘はすぐに戻りますので、こちらでお待ち下さい」
 案内してくれているのは応接室のようだ。彼女は知らないだろうが、私はたいしたものではない。そう思い笑顔で断っていた。

「私お客さんって程では無いので、ここで大丈夫です。気にしないで下さい」


 私の笑顔にも彼女は表情を変えることも頷くこともせず、無言のまま奥の部屋に入って行った。
 なーにあの子、暗いわねー。愛想笑いぐらいすればいいのに。
 顔の作りが整っているから、気取っているのね。


 一瞬そんなことが頭を過ったが、何故か彼女の態度がそれほど不快に思うことは無かった。