声をかけた老婦人は、久しぶりに来た私をおぼえていたのか、一瞬、微笑みの混ざる驚きの表情を見せた。
 私も軽く頭を下げ注文をする。

「アイスレモンティーで」

 いつもより上品な振舞を意識する私は、赤い薄手のコートを軽くたたみ手に持つと、耳にかかる髪の毛を整えるように指を通した。

 あっー完璧だわ。先ほどまでの落ち込みが嘘のよに幸せに感じる。

「待たせてごめんなさい。なーに話って」
「あっあ、うん、大事な話なんだ」


 私が前に座っても、会話を聞かれたくないのか、注文の飲み物が来るまで口をにごしている。
 わかりやすいその態度に、私は冷静な表情を作るのに必死だった。
 

 何しろ私の鼓動は、あばれ太鼓のようにドンドコ、ドンドコと鳴り響いていたからだ。

「ごゆっくり」

 テーブルの上に飲み物が置かれると、正は事前に注文をしていたホットコーヒーよりも、お冷を一気に飲み干した。
 いよいよだ。私は婚約を覚悟した。

 しかし彼から聞こえた言葉は予測外の言葉だった。

「実は俺、外国にいこうと思うんだ」
 
「えっ外国」

 字数は合っているけど、意外な四文字だった。