「ほう、オランダナデシコだね、綺麗に咲いているね」

 同じソファーに腰を下ろした男性が、私の手に持つカーネーションをみて話しかけてきた。
 小柄な体型に白髪で眼鏡をかけ、か細い声が印象的だ。
 年齢は、七十代ぐらいのように見える。

 考えるように沈黙していたが、自分が間違った認識をしているのかと思い、こう聞き返していた。

「この花カーネーションですよね? オランダナデシコっという名前なんですか?」

 おじいさんは、何故か嬉しそうに微笑みこう話した。

「昔は横文字を使えなかったから、オランダナデシコはその花の和名なんだよ」

 私は外国名で流通している花を、わざわざ和名で語る人がいるとは思わなかったので、可笑しさが込み上げていた。

「フッフッフッ、詳しいのですね。お花に携わるご職業か何かですか」

「いやいや、そんな大層なものでは」

 軽く仰いだ手の小指球の部分には、鉛筆などで使われる黒鉛のような汚れが付いている。
 事務作業を、されているのだろうか?
 容姿から勤めを引退し、絵を描くことを趣味にしているとも推測してしまう。

「私はね、咲いているだけで周りの人を幸せにしてしまう、植物の存在が素敵だと感じているんだよ」

 おじいさんの言葉は、疑うこともなく、頭の中で理解した。

「お嬢ちゃんは、お見舞いかな?」

「いえ、今日退院です。このお花はお祝いでもらって」

「それは良かった」

「……オランダナデシコが欲しいと、催促したんですけどね」

 会話を続けながらも、先ほどの言葉。花の存在が心に残っていた。