「予約した五十嵐です」
「お待ちしておりました、五十嵐様。どうぞこちらへ」

18時になり、潤はホテルの最上階のフレンチレストランに真美を連れて行った。

ゴージャスで気品溢れる店内は、照明も控えめで落ち着いた雰囲気だった。

スタッフに椅子を引かれて、真美はふかふかの椅子にそっと腰を下ろす。

「望月、アルコール何がいい?」

メニューを受け取ってから潤が尋ねた。

「いえ。課長に運転していただくのですから、私もノンアルコールにします」
「気にしないで。せっかく美味しいワインが楽しめるお店なんだから、飲めばいいよ」
「いえ、本当に結構です」
「んー、それなら俺も飲むよ。車は代行か、明日取りに来ることにする」

ええー?!と真美が驚くのを尻目に、潤はスタッフと相談しながらワインをオーダーした。

「あの、本当にすみません。お気遣いいただいて」

スタッフが立ち去ると、真美は改めて頭を下げる。

「俺が勝手にやったんだから、気にすることないよ。つき合ってくれてありがとう」
「そんな、こちらこそありがとうございます。素敵なお店ですね。こんな高級なお店、初めてです」
「そう?望月の雰囲気によく合ってる」
「は?お店が、ですか?」
「うん。なんか、凛とした美しさが絵になるっていうか。ちょっと見惚れるくらいに」

真美は耳まで真っ赤になって固まる。

(凛としてるだなんて。緊張でガチガチになってるだけなのに)

すると潤がふっと笑った。

「あれ?もうワイン飲んだっけ?」

え?と顔を上げた真美は、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべている潤を見てハッとした。

「ち、違います!これは、その……、そう!暑くて」

真美は慌てて手の甲で頬を冷やす。

「どれ?」

そう言うと潤は左腕をテーブルに載せ、右手を伸ばして真美の左頬に触れた。

ひゃ!と真美は身を固くする。

「ほんとだ、熱いな。この上にワイン飲んだら、イチゴみたいになりそうだ」

クスッと笑う潤に、真美は半泣きの表情を浮かべた。

(何?どうしちゃったの?課長。なんか性格変わった?いつもはもっと普通の人だったよね?なんで今はこんなに意地悪なの?)

真美が目を潤ませると、潤は真剣な表情で顔を覗き込む。

「望月?どうかした?」
「あの、課長」
「ん?どうした?」
「その、私、こういうのに慣れてなくて。だから……」

そこまで言って、真美は上目遣いに潤を見た。

「あんまり意地悪しないで、……ください」

潤は目を見開くと、真美よりも顔を赤くさせる。

思わず片手で口元を覆って気持ちを落ち着かせた。

「あの、課長?」
「……ごめん」
「え?」
「可愛くてつい、いじめたくなった。けど、倍返しに遭って今撃沈してる」

……は?と真美は目をしばたかせる。

「倍返し?えっと、意味がよく分からなくて」
「分からんでいい。スルーしてくれ」
「はい……。大人の会話が出来なくてすみません」
「違うよ、俺が至らないだけだ。ほら、ワインが来た。乾杯しよう」
「はい」

グラスに注がれる美しい色のワインを目で楽しんでから、二人で乾杯する。

「美味しい!とっても飲みやすいです」
「良かった。このお店のワインは料理とも合うから、楽しみにしてて」
「はい。こんなに本格的なフレンチレストランって、どんなお料理なんだろう?絶対家では作れない味ですよね」
「そうか?望月なら作れそうだよ」
「無理ですよ。でも真似出来るところがあったらいいな」

その後、次々と運ばれてくるフレンチのフルコースに、真美は目を輝かせて感激する。

「はあ、ほっぺが落ちそう」

そしてグイグイと、まるで水のようにワインを空けていく。

「あれ?望月ってこんなに飲める口だったっけ?」

会社の飲み会での様子はあまり気にしていなかったが、ここまで飲んでいる印象はなかった。

(もしかして、普段より飲んでる?)

様子をうかがっていると、明らかに頬は赤く、目もトロンとし始めている。

「望月、ワインはそこまでな。チェイサーにお水飲んで」

潤はそう言って、スタッフにミネラルウォーターを頼んだ。

だがどうやらひと足遅かったらしい。

真美はもうへべれけの一歩手前だった。

「んー、デザートも美味しい!」

片手を頬に当てて、へらーっと笑っている。

(可愛い……。けど、いかん)

顔を緩めたり引き締めたりと忙しくしながら、潤はこのあとのことを考える。

(タクシーか代行でまずは彼女を送り届けて。でもちょっと様子を見てあげないとな。酒が抜けるまでは、心配だ)

うーん、と腕を組んで考えてから、潤はスタッフを呼んで小声で尋ねた。

「すみません、今夜空いてる部屋ありますか?」