しばらくは、真美が岳と一緒に保育園に行く日が続いた。

地震から1週間が経ち、潤は少しずつ会社に通い始める。

他の社員もポツポツと出社することがあり、潤も真美に声をかけてみたが、岳がいる間はずっと一緒にいたいからと首を振った。

そして、いよいよ岳の母親が帰国する日がやって来た。

「がっくん、用意出来た?」
「うん!さんかくのぼうしと、クラッカー!」
「ばっちりだね。楽しみだね!」

潤の姉、都は、羽田空港から直接潤のマンションまで岳を迎えに来るという。

真美は居合わせない方がいいと思い、ひと足早く自宅マンションに帰るつもりだったが、都からぜひ真美に挨拶したいと言われ、一緒に待つことにした。

朝からパーティーの準備をしてそわそわと待っていると、夕方ようやくインターフォンが鳴った。

応答した潤が、受話器を置いて岳に頷く。

「ママだぞ。もうすぐ上がってくる」

やったー!と岳は飛び跳ねた。

じきに玄関からピンポーンと聞こえてきて、岳は駆け出した。

「岳!ただいま!」
「ママ!」

しっかりと抱き合う二人の姿に、離れたところで見守っていた真美の目にも涙が浮かぶ。

「あー、やっと会えた!岳、元気にしてた?」
「うん!ママも?」
「元気よ。でもずっと岳に会いたかった」
「おれも。だけどじゅんとまみといっしょでたのしかった」
「そっか!」

都は岳を抱っこして立ち上がる。

「潤、色々ありがとね。あ!あなたがまみちゃんね?」

靴を脱いで上がった都が、潤の後ろにいた真美に笑顔を向けた。

「初めまして。五十嵐 都です。岳が本当にお世話になりました」
「初めまして、望月 真美と申します。こちらこそ、課長とがっくんには大変お世話になっております」
「うふふ。想像通りに真面目で面白いわね、まみちゃんって。それにとっても優しそうで綺麗なお姉さん。岳ったらもうあなたにメロメロみたいで。おかげで私と離れていても、ちっとも寂しくなかったみたい。本当にありがとう。また改めてお礼をさせてね」
「いえ!とんでもない。私もがっくんのおかげで毎日とても楽しかったです。あ、お疲れでしょうから、どうぞ入って休憩してください。今、コーヒーを淹れますね」
「ありがとう!」

キッチンに立つ真美の後ろ姿を見ながら、都は潤を肘で小突く。

「ちょっと、いつの間にあんないい奥さん捕まえたのよ?やるわねー」
「バカ。何言ってんの?」
「あら?まだ籍入れてないの?」
「当たり前だろ!つき合ってもいないのに」
「うっそ!一緒に暮らしておいて、つき合ってない?そんなの誰が信じるのよ」
「信じる信じないはそっちの勝手だけど、本当につき合ってない」
「うわ、情けな」

能面のような顔で呟かれ、潤は「なんだと?」と憤慨する。

「あんたね。いくら短期間とは言え、一緒に暮らしてくれたのよ?まみちゃんがどんな覚悟でそうしてくれたと思ってんのよ。それなのに男として責任も取れないなんて、不甲斐ないにも程があるわ」
「別に、つき合うのが責任取ることにはならないだろ?」
「まみちゃんの気持ちに応えて、あんたもまみちゃんの人生を請け負う覚悟で告白くらいするのが当然でしょうよ。ちゃんとしたの?告白」
「……してない」
「うわ、ダサ。そんなんじゃ、あっという間に誰かに取られちゃうわね。知らないわよ?まみちゃんが誰かにプロポーズされて、イエスって答えてから後悔しても遅いんだからね」

うっ……と潤はうつむいて肩を落とす。
あなたの息子に先を越されました、とは、口が裂けても言えない。

「お姉さん、コーヒーここに置きますね。がっくんは、りんごジュースでいい?」
「うん!おれもてつだう」
「ありがとう、がっくん」

見つめ合って微笑む岳と真美に、都は更に言葉を続けた。

「なに?あのラブラブな雰囲気。あの二人、デキてんじゃない?」
「バカ!母親が何言ってんだよ?それに岳はまだ4歳だぞ?」
「あら、今の世の中は色んなカップルがいるのよ。岳が高校生くらいになってみなさい。まみちゃんと並んでも、お似合いのカップルに見えるわよ、きっと」

えっ!と思わず潤は絶句する。

確かにそうかも、とうつむいていると、ニヤッと都が顔を覗き込んできた。

「あーらら。心配しちゃってる。手遅れにならないうちに、ビシッと男らしくまみちゃんを捕まえた方がいいわよ?」

そう言うと都はソファに向かい、真美が淹れたコーヒーを片手に、岳と「かんぱーい!」と声を上げた。