その時だった。

「うわーん!」という岳の大きな泣き声が聞こえてきて、二人は顔を見合わせる。

「がっくん!」

真美はすぐさま寝室に向かった。

「がっくん!どうしたの?大丈夫だよ」
「まみ!こわい!」
「大丈夫だから。ね?ほら」

岳を抱きしめて背中をさする。

「怖くないよ。ゆっくり目を開けてごらん」

真美は岳の顔を覗き込んだ。
目が合うと、にっこり笑いかける。

「ね?大丈夫でしょ?」
「うん」
「ごめんね。もう離れないから。くっついて寝ようか」

そう言ってベッドに横になると、岳はギューッと真美に抱きついてまた眠り始めた。

小さな寝息が聞こえてきて、潤はそっと真美に声をかける。

「望月、ごめんな。俺が代わるから」
「いえ。このままがっくんの隣にいます」

でも……、と潤はためらった。

岳が間にいるとはいえ、真美と同じベッドで寝る訳にはいかない。

それなら自分が別の部屋で寝ようかとも思ったが、いつまた岳がうなされて起きるかもしれないし、大きな余震が来るかもしれない。

いざという時、そばにいて守ってやれないようでは困る。

「じゃあ俺、寝ないでここに座ってるから」
「まさか!課長、夕べもほとんど寝てないですよね?だめです。ちゃんとベッドに入ってください。私のことなんて、何も気にしないでいいですから」
「そんな訳にいかない。望月は大切な俺の部下だ。上司として、同じ布団に入ることは出来ない」
「何をそんなカタブツ親父みたいなこと言ってるんですか?」

カタブツ?!と思わず声を上げると、しーっ!と人差し指を立てて止められた。

「がっくんが起きちゃいます。ほら、早く寝ましょう」
「でも、やっぱり……」

煮え切らない潤に、真美は小さくため息をついた。

「課長。今は非常事態だっておっしゃいましたよね?地震で被災して、会社の毛布で一緒に寝たら、咎められますか?」
「いや、そんなことは決してない」
「ですよね?それと同じです。それに私はこれ以上、がっくんに少しでも怖い思いをして欲しくありません。課長、がっくんの心も守らなければいけないってお話してくれましたよね?その為に私を頼ってくださいましたよね?だったら二人でがっくんのそばにいましょう。大丈夫、黙ってれば誰にもバレやしませんよ」

潤はしばしポケッとしたあと、思わずプッと吹き出した。

「望月の口からそんなセリフが出てくるなんて!」
「意外ですか?私、結構腹黒いですよ」
「こわっ!なんか迫力あるな」
「怒らせるとヤバいタイプです」
「うっ、なんか分かる」
「でしょ?」

ふふっと笑う真美に、潤は真顔に戻って首を振る。

「いや、違う。望月は腹黒くなんかない。芯がしっかりしていて、いざという時頼りになる。誰よりも愛情に満ち溢れていて、岳を包み込んで守ってくれる。そして悩んでいた俺にも言葉をくれて、俺の心を救ってくれた。陽だまりみたいに温かく、優しい人だよ、望月は」

そう言って微笑む潤に、真美は言葉を詰まらせる。

気づけば涙が止めどなく溢れていた。

「ほら、泣かないの。岳に見つかったら大変だ。またまみを泣かせたのかー?って、怒られるからな」

ふふっと真美は思わず泣きながら笑う。

潤は手を伸ばし、そっと真美の涙を指で拭った。

「おやすみ、望月」
「はい。おやすみなさい、課長」

頷く潤ににっこり笑ってから、真美は目を閉じる。

笑顔を残したままスーッと眠りに落ちた真美の髪を、潤はそのあとも優しくなでていた。