『やっほーい!岳、元気ー?』

夕食のあと、テレビ電話の画面を見ながら、岳が満面の笑みを浮かべる。

「ママ!げんきだよー」
『お、今日もいい男だね。どう?いいことあった?』
「うん!じゅんのかのじょにあった」
『ええー?!うっそ、ほんとに?ママも見たかったー!』

舌の根も乾かぬうちに……と、潤は呆れて画面に割り込んだ。

「姉貴、違うからな」
『えー、じゃあ誰なの?その人』
「単なる会社の部下だ」
『やだー!オフィスラブ?キュンキュンしちゃう!』
「姉貴だろ?!岳に変なこと教えてるの」
『変なことなんて教えてないわよ?男はいつもかっこよく、女の子にも優しくねって』
「保育園児に言うセリフかよ?」

ヤレヤレと潤はため息をつく。

『あら、そういうのは小さいうちから自然と出来るようになった方がいいのよ。ほら、パパがママに優しくしてるのを見て育つと、男の子は将来お嫁さんに当然のように優しく出来るでしょ?うちはシングルマザーだから、岳には言葉で伝えようと思って』

ああ、うん……、と潤は言葉を濁した。

3歳年上の姉は、未婚で岳を産んで育てている。
詳しくは聞くつもりもなかったが、どうやら相手の男性には妊娠したことを告げずに別れを切り出したらしい。

ジュエリーデザイナーとしてバリバリ働く姉は、一人でも岳を養っていける財力はあった。
だが、海外のジュエリーブランドに3か月間の出向が決まり、その時ばかりは岳をどうするかで頭を抱えていた。

両親は田舎で家業を営んでおり、東京には呼び寄せられない。
それに岳にはなるべくいつも通りの生活を送らせたい。
これまで通り変わらず保育園に通って、毎日友達と楽しく過ごして欲しい。
そう思った姉が潤に、3か月間岳を預かってくれと頼んできたのだった。

岳が通っている保育園は、潤の自宅マンションから電車で3つ先の駅にあり、会社からもそう遠くない。
定時で上がって迎えに行けばなんとかなりそうだったし、やはり姉が困っているなら助けたいと、潤は岳を引き受けることにした。

(まあ、岳と暮らす毎日も悪くはないけど、まさか望月に見られるとはなあ)

普通に「姉の子を預かっている」と言えば良かったのに、なぜだか幼い岳と手を繋いでいるところを見られて焦ってしまい、きちんと説明出来なかった。

(あれはやっぱり勘違いされたよな)

ご安心ください。私、こう見えて口は堅いので、という真美のセリフを思い出す。

(明日、会社できちんと説明しておこう)

そう思っていると、かたわらで岳と姉が盛り上がっていた。

『それで?岳。潤の彼女、どんな人だった?」
「あのね、まみっていうの。25さい」
『うっそー!いいじゃん、潤。4歳年下?まみちゃんだって。かっわいいー!』

姉貴!と慌てて潤が口を挟む。

「違うから。本当に単なる同僚だ。岳が勘違いするだろ?」
『あら、潤。子どもの感性をあなどらない方がいいわよ?よく見てるのよねー、子どもって。結構鋭いんだから』
「それなら尚更余計はことは言うな!」
『はいはい、分かりましたよ。じゃあねー、岳。またまみちゃんのこと、教えてねー』

はーい!と、ご丁寧に片手を挙げて返事をする岳に、潤はまたもやがっくりとうなだれていた。