先生に挨拶してから、真美は岳と手を繋いで自宅マンションに戻った。

潤の携帯はまだ繋がらず、岳は無事で今自分の部屋で一緒にいるとメッセージを残す。

「がっくん。すぐに明かりをつけるね。えっとね、まずは懐中電灯。それからキャンドルもあるんだよ」

部屋の中もやはり物が散乱し、停電していた。

真美はとりあえず懐中電灯を点けて大まかに物を片づけると、ローテーブルにアロマキャンドルを置いて火を灯す。

「わあ、おたんじょうびのロウソクだ」
「ふふっ、そうだね。でも今はフーはしないでね。さてと、まずは何か食べようか」

ガスと電気は止まっているが水は出ている為、うがいと手洗いをする。
冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに移し、お菓子を入れているカゴと一緒にテーブルに並べた。

「がっくん、何でも好きなお菓子食べていいよ」
「え、おやつのじかんじゃないけど、いいの?」
「いいよ。今日は特別」
「やったー!」
「あ、そうだ!アイスも食べないと。溶けちゃうから」

真美は電気の通っていないフリーザーから、アイスクリームのカップを2つ取り出す。

「がっくん、チョコとバニラ、どっちがいい?」
「まみは?」
「ん?がっくんが選ばなかった方を食べる」
「それならおれも、まみがえらばなかったほうをたべる」
「えー?がっくん、優しくてかっこいいね。じゃあさ、半分こしない?」
「するー!」

デザート用のガラスの器を2つ持って来ると、真美はチョコとバニラを半分ずつよそった。

「はい、どうぞ」
「やった!いただきます」
「寒いから、毛布被って食べようか」

真美はベッドから毛布を持って来ると、大きく広げて岳と自分の背中に掛ける。

「なんかおもしろいな」
「ふふふ、そうだね」

二人でぴたりとくっつきながら、夕食代わりにパンも食べた。

「潤おじさんが来るまでここで待ってようね」
「うん。じゅん、だいじょうぶかな?いま、どこ?」
「そうね、多分どこかの駅かな?でも電車が動いてないから、ちょっと時間がかかると思う。がっくん、今夜はここで一緒に寝ようね」
「うん!まみのベッド、いいにおいがするからすき」
「え、そう?じゃあゆっくり寝てね」

寝るにはまだ早いが部屋は冷え切って寒い為、真美は歯磨きを済ませると岳をベッドへと促す。

「はい。毛布掛けるよ」
「あったかーい」
「良かった。じゃあ、このままおしゃべりしようか」
「うん」

真美はベッドの横に座り、岳の頭をなでながら話し出した。

「がっくんって、将来何になりたいの?」
「おれね、ママをまもるおとこになりたいの」

え?と思わぬ言葉に真美は思わず手を止める。

「ゆずちゃんもけいくんもパパがいて、ママにやさしくしてるんだ。ももこせんせいのかれしも。でもおれのママには、やさしいパパがいないから、おれがずっとママをまもってやるんだ」

がっくん……、と真美は言葉に詰まった。

「がっくんは本当に優しくて強いね。ママもきっと喜んでるよ。がっくんがいてくれるだけで、ママはとっても幸せなんだと思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ。だってこんなにもがっくんは、私の心もあったかくしてくれるんだもん。私もがっくんがいてくれるだけで幸せなの」

すると岳はちょっと困ったように声を潜めた。

「あのさ、まみ」
「なあに?」
「まみは、じゅんにやさしくしてあげて。そしたらじゅん、しあわせになれるから」

真美はパチパチと目をしばたかせる。

「がっくん、潤おじさんのこと心配してくれてるの?」
「うん。だっておれのごはんとかつくるの、たいへんそうだし。ほいくえんでも、ゆずちゃんのママに、たいへんですねーっていわれてるし」
「そう。それで心配してくれてるのね。でもね、がっくん。潤おじさんもがっくんと一緒にいられて楽しいんだよ。ほら、ここでギョウザ作った時も、おじさん楽しそうだったでしょ?」
「うん。おれよりへただったけどな」

あはは!と真美は笑ってしまう。

「がっくん。大人が子どものお世話をしてるって思ってるかもしれないけど、私はそうは思わないんだ。だってがっくんは、私にたくさんの幸せをくれるから。私ががっくんに、ありがとうって気持ちでいっぱいなの」
「まみ……」

すると岳の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
真美は驚いて岳の顔を覗き込む。

「えっ、がっくん?どうしたの?」
「わかんない。こころがぎゅーってなって、ぽかぽかして、なみだがじわーってなった」
「がっくん……。やだ、私まで涙がじわーってなる」
「ほんとだ。かなしくないのに、なみだってでるんだな」
「そうね。どうしてだろうね。嬉し過ぎると涙って出るんだね」

ふふっと二人で微笑み合う。

「がっくん、おやすみ。ずっとそばにいるから、安心して眠ってね」
「うん。まみ、おやすみ」

スーッと寝息を立て始めた岳の頭を、真美はずっと優しくなでていた。