(うーん、分かんないなー)

12月に入っても、紗絵は真美と潤の関係をはかりかねていた。

潤は相変わらず定時に上がるが、真美は残業してから帰る。

つき合っているようにも見えないし、あれから二人で会議室に入っていくこともなかった。

(でも真美が穏やかな雰囲気になってるのは感じる。一体、五十嵐くんと何を話したんだろう?)

キーボードを打つ手を止めて考えていると、クライアントと電話で話していた若手社員の伊藤が「えっ!」と驚いたように声を上げた。

どうしたのかと、他のメンバーも一斉に彼を見る。

「も、申し訳ありません!ただちに伺います!これからすぐに向かいますので。大変失礼いたしました。それでは、後ほど」

受話器を置くが、顔は真っ青だ。

「伊藤、どうした?」

デスクから潤が声をかける。

「あの、課長。俺、どうしたら……」
「落ち着け。何があったか、事実だけ伝えろ」
「はい。明日納期のクライアントに送ったシステムが、別の取引先のシステムだったんです。俺が間違えて送ってしまったみたいで……」
「明日納期なのに、昨日送ったのか?先方と一緒に動作確認しながら説明する手順はどうした?」
「明日伺ってやるつもりだったんです。先に目を通して社内で相談したいからって言われて、昨日送りました」

潤はデスクに両腕を載せてじっと一点を見据える。

メンバーも静まり返って成り行きを見守っていた。

「伊藤。間違えて送ったシステムがどの会社向けのものか、先方は分かってしまったんだな?」
「はい、そうです」

オフィス内の空気が凍りつく。
重大なコンプライアンス違反だった。

「すぐに謝罪に行こう。準備しろ」

潤は立ち上がると、掛けてあったスーツのジャケットに腕を通し、ネクタイを締め直す。

コートと鞄を持つと、最後に潤は紗絵に声をかけた。

「部長に事情を説明しておいてくれ。追って連絡を入れる」
「分かった。気をつけて行ってきて」
「ああ」

冷静に頷いてからオフィスを出る潤の後ろ姿を、真美は祈るような思いで見つめていた。