「うぎゃー!じゅん、つめたい!それおみずだぞ?」
「あ、ごめん。えっと、こっちがお湯かな?」

バスルームからシャワーの音と賑やかな声が聞こえてくる。

裁ちばさみで布を裁ち、手早くミシンをかけながら、真美はふふっと思わず笑みをこぼした。

「このシャンプー、いいにおいだなー。まみのにおいがする。な?じゅん」
「そ、そうかな。おい、岳。そんなにたくさん使うな。ちょびっとにしろ」
「なんで?」
「なんでって……、まみちゃんのだぞ?」

グインッと手元が滑り、真美は危うく手を縫いそうになった。

(危なっ!か、課長ったら、なんてことを……)

思わず両手で頬を押さえると、真っ赤に顔が火照っているのが分かる。

(いけない。平常心、平常心)

必死で真顔に戻り、またカタカタとミシンを動かす。

子どものサイズということもあり、あっという間に完成した。

(出来た!えっと、最後にこのポンチョみたいなのに、赤いマントを縫い付けるのね。なんだろう、この衣装)

テカテカとしたサテンの青い袖なしの衣装は、下に白いシャツを着てから被るらしい。
ズボンも手持ちの黒や紺のもの、と書かれていた。

頭の中で完成図を想像し、真美は、あ!と閃いた。

(ひょっとして、王子様?)

その時、パジャマ姿の岳が部屋に戻って来た。

「まみー、おふろきもちよかった」
「おかえり。髪も乾かした?」
「うん。はみがきもした。あ、できたの?おうじさまのふく」
「出来たよ。やっぱりがっくん、王子様なんだね。着てみる?」

うん!と岳は大きく頷く。

「ほんとは白いシャツの上に着るんだけど、今はパジャマの上からね。はい」

岳の頭から衣装を被らせて、サイズを確かめる。

「いいね。ぴったり!どう?がっくん」
「すげー!マントがひらひらする。そら、とべる?」
「あはは!飛べそうだよね」

ブーン!と手を広げて岳が部屋の中を回っていると、髪をタオルで乾かしながら潤が入って来た。

「お、もう出来たの?」
「はい、簡単でしたよ。当日は、上は白いポロシャツ、下は黒っぽいズボンを履いてからこの衣装を着るみたいです」
「そうなんだ!ありがとう、望月。ほんとに助かったよ」
「いいえ」

その時、潤のスマートフォンの着信音が鳴り始めた。
画面の表示を確かめた潤は、ちょっと困った顔になる。

「ごめん、望月。岳の母親からテレビ電話なんだけど、出てもいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
「ありがとう。背景はバーチャルにするから」

そう言って潤は手早く画面を操作する。

『やっほーい!岳、元気ー?」
「ママ!みてみて、おれ、おうじさま!」
『ひゃー!かっこいい!それどうしたの?岳』
「まみにつくってもらった!」
『まみちゃんって、潤の彼氏の?やーん!いつの間に?』

聞こえてきた声に、ヒエッと真美は身を縮こまらせた。

「ごめん、望月。違うんだ、その……」

慌てて否定する潤をよそに、岳と母親の会話は続く。

『あれ?ねえ、岳。今どこにいるの?背景が変なんだけど』
「いまね、まみのうち」

ええー?!と、もはや絶叫が聞こえてきた。

「ちがっ、姉貴!」

たまらず潤が画面に割り込む。

「誤解するな。違うからな!」
『何が違うの?じゃあ今どこなのよ』
「そ、それは、あの……。そう!つまり、俺がこの衣装を作れないから、代わりに作ってもらっただけで……」
『で?今まみちゃんちにいるんだ』
「いや、だからそれは……」
『もう、男なんだからビシッとしなさい。お世話になったんでしょ?ちゃんとお礼言ったの?』
「うん、まあ、一応……」

はあ、と深いため息のあと、大きな声が響く。

『まみちゃーん!初めまして。岳の母の五十嵐 (みやこ)でーす』
「あ、は、はい!初めまして、望月 真美と申します。いつも五十嵐課長にはお世話になっております」

真美は画面を覗き込むと、居住まいを正して頭を下げた。

『あら、可愛らしいお嬢さん!ごめんなさいね、岳がすっかりお世話になった上に、潤は不甲斐ない弟で』
「とんでもない!私の方こそ、がっくんにはいつも遊んでいただいて、感謝しております」
『やだー!まみちゃんったら、面白い。どうぞこれからも、息子と弟をよろしくお願いします』
「こちらこそ。よろしくお願いいたします」
『うふふ、帰国したら改めてお礼をさせてね、まみちゃん。岳ー、まみちゃんの言うこと、よく聞くのよ?』

マントを翻しながら、わかったー!と遠くから岳が返事をする。

『あらあら、もうママのことなんて眼中にないわね。じゃあねー、岳。潤、まみちゃんに愛想つかされないようにね。またねー、まみちゃん』
「あ、は、はい!それでは失礼します」

プツンと通話が切れ、真美はしばし呆然と固まっていた。