「ごちそうさま。ありがとな、望月」

食器洗いを終えた潤が、まくったワイシャツの袖を直しながら真美に声をかける。

「いいえ、こちらこそ。とっても楽しかったです」
「いや、俺達こそ美味しい食事を作ってもらって嬉しかった。いつも買ってきた惣菜ばかりで、岳の栄養バランスも気になってたんだ」
「そうなんですね。またいつでも作ります。がっくん、次は何が食べたいか考えておいてね」

うん!と元気良く返事をする岳に、真美はまた頬を緩めた。

「じゃあ帰るぞ、岳」

声をかけながら荷物を手にした潤に、真美も床に置いてあった岳の保育園バッグなどをまとめて渡す。

「ありがとう」

受け取った潤と手が触れてしまい、思わずピクッとした真美の手から紙袋が落ちて中身が床に広がった。

「あ、すみません」

慌てて拾い上げながら、真美は、ん?と首をひねる。

「課長、これって洋服の生地ですか?」
「あー、そうなんだよ」

潤は思い切り顔をしかめる。

「来月、保育園で岳のおゆうぎ会があるんだ。その衣装を作るようにって、今日先生から作り方の紙と一緒に布を渡されてさ。どうしようって困り果てたのを今思い出した」
「そうだったんですか。あの、よかったら見せていただいてもいいですか?」
「うん。これが作り方だって」

潤が差し出したプリントには、手書きのイラスト入りで作り方が書かれていた。

「そんなに難しくはなさそうですね。型紙もありますし」
「ええ?!ほんとに?この解説読んでも、俺にはさっぱり分からん」
「まあ、そうですよね。型紙なんて見たことない人には訳が分からないと思います。この青い布に型紙を載せて、チャコペンで印を付けてから……」
「ちょ、ちょっと待って。チャコって誰?」
「は?違いますよ。人の名前じゃなくて、チャコールペンシルの略です。それで、チャコペンの印に沿って布を裁断してから……」

ふと顔を上げると、潤は眉を八の字に下げ、見たこともないほど情けない表情を浮かべている。

「課長?大丈夫ですか?」
「いや、ちょっと、だめかも。俺、人生でこんなにも途方に暮れたことない」
「そんな大げさな」

そう言って笑いかけるが、潤はしょぼんと肩を落としたままだ。

真美は壁の時計で時間を確かめてから口を開いた。

「課長、がっくんとお風呂に入っててください」

は?!と、今度は鳩が豆鉄砲食ったような顔になる。

「もう8時過ぎてますし、そろそろがっくん寝る準備をしないと。ここでお風呂に入って歯磨きも済ませてください。その間に私、これを作りますから」

固まったままの潤を尻目に、真美はてきぱきとお風呂にお湯を張り、クローゼットの中から小型の簡易ミシンを取り出した。

「がっくん、おじさんとお風呂に入ってね。お着替えと歯ブラシ持ってる?」
「あるよ」

岳は保育園の手提げバッグから、お昼寝用のパジャマと歯ブラシを取り出した。

「お、ばっちり!じゃあ、バスタオルはこれを使ってね。ドライヤーは洗面所にあるから」
「わかった。じゅん、おふろいくぞ」

スタスタとバスルームに向かう岳に、潤はハッと我に返る。

「いや、待て!岳!そそ、そんな。女性のうちでお風呂借りるなんて、そんなこと……」
「はやくー。おれもうすっぽんぽんだぞ」
「わー!待てってば!」

慌ててあとを追った潤は、仕方なく岳とお風呂に入ることになった。