「それにしても、課長の今日の打ち合わせ、長かったですね」
「ああ、そうなんだよ」

思い出したように、潤はしかめっ面になる。

「新規のクライアントとは言え、まさかあんなに長引くとは。二人いたうちの若い方の社員が、どうやらプログラマーでもあるらしくてな。ものすごい突っ込んだ話をされたんだ」
「そうなんですね?それなら課長が担当してくださって本当に良かったです。プログラマーの質問に、私なんて全くお答え出来ませんから」
「いや、それならそれで、一旦持ち帰って後日ご連絡しますって言えるだろ?けど、なまじ俺が答えるもんだから、どんどん話が膨らんじゃってさ。岳のお迎えの時間は迫ってるし、気が気じゃなかったよ。ここはもう正直に保育園のお迎えがって話して、今日のところは切り上げさせてもらおうと思ってた。そこにちょうど望月が来てくれたんだよ。本当に助かった」
「そうでしたか。お役に立てて良かったです。あ、今コーヒー淹れますね」

潤が食事を終えたのを見て、真美はキッチンに立ち、コーヒーを二人分淹れる。

ごちそうさま、と言いながら、潤が食器を運んで来た。

「すみません。その辺に置いておいてください」
「いや、迷惑でなければ食器洗いくらいさせてくれ」

そう言って潤は、慣れた手つきで洗い始める。

「課長、いい旦那様になれますね」
「そんな大げさな。これくらい誰でもやるだろ?単にひとり暮らしが長いだけだ。それに俺、結婚願望なくてな」
「そうなんですか?!それは大変」
「は?!何、大変って?」
「課長ラブの女子社員にとっては、爆弾発言ですよ」

すると潤は半泣きの顔になる。

「なんだよ、それ。またラブかよ。世の中、なんとかラブが蔓延し過ぎだ」
「ん?何の愚痴ですか?」
「いい。気にするな。コーヒー持ってく」
「あ、はい。ありがとうございます」

ローテーブルに戻ってコーヒーを飲みながら、潤はベッドで寝ている岳に目をやった。

「ほんとによく寝てるな。そろそろ起こして帰らないと」
「課長、よろしければタクシー呼びましょうか?がっくん、このまま寝かせてあげた方がいいかも」
「そうだな。ここから3駅とは言え、電車で帰るのも厳しいだろうし」
「ええ、そうですよ。今、手配しますね。チャイルドシート付きのタクシー呼びます」
「ありがとう」

15分後にタクシーが到着し、潤は寝ている岳を抱き上げた。

真美は潤や岳の荷物をまとめて持ち、エントランスまで見送りに出る。

「望月、今日は本当にありがとう。助かったよ」

岳をチャイルドシートに寝かせると、荷物を受け取った潤が改めて真美と向き合った。

「いいえ。私も楽しかったです。がっくんにもそう伝えてください」
「ああ、分かった」
「それと、課長」
「ん?」
「もしまた……、何か私にお手伝い出来ることがあったら、その時は遠慮なくお知らせください」

すると潤は一瞬驚いたように目を見開いてから、ふっと頬を緩めて微笑む。

「ありがとう!」

会社では決して見せない表情。
初めて見る潤の屈託のない笑顔に、真美はなんとも言えない胸のざわめきを感じていた。