「都。改めて話をしてもいい?」

その夜、岳が寝つくと、樹は都をソファに促した。

「都。俺の気持ちはいつだって変わらない。どんな時も都と岳のそばにいて、二人を生涯守り抜く。ただそれだけを心に決めていた。だけど、もし……」

少し言い淀んでから、樹は思い切って顔を上げた。

「もし許されるのなら、俺は都と結婚したい。岳をきちんと俺の息子にしたい。心から愛する都と岳と一緒に暮らしていきたい。さっき岳に言われて、そう願ってしまった。俺にはそんな資格はないと分かっている。これまで都と岳に何もしてやれなかったんだ。今頃いきなり現れて、そんなことを言い出すなんて、やっぱり許される訳ない……」

樹、と都が樹の言葉を止める。

「それは樹の本音?私と結婚して、岳と3人で暮らしていきたいって」
「ああ、俺の本音だ。心からそう願ってしまう。ごめん、勝手だよな」
「ううん、そんなことない。でも樹、私の本音はね、……怖いの」

え?と、意外な言葉に樹は顔を上げて都を見た。

「怖い?って、何が?」
「私の幸せは、ずっと岳と一緒に楽しく暮らしていくこと。そこにあなたがいてくれたら、もっと嬉しい。だけどもしそれ以上望めば、後悔するかもしれない。一番大切な存在まで奪われるかもしれない。それなら、今のままでいた方がいいの」
「都?何を言って……」

それ以上を望む?結婚のことか?
一番大切な存在まで奪われるって、まさか岳を?
それって、つまり……

そこまで考えて、樹はハッとする。

「都、もしかして三原の家のことを言ってるのか?」

都はうつむいたまま黙っている。
それが何よりの肯定だった。

「まさか!都、そんなことは絶対にない。岳はずっと都と一緒だ。誰が引き離したりするもんか。それに両親も、あの時の行いを都に侘びていた。悪かったと謝りたいって。岳がいることを知って喜んで、会いたいと言っていた。引き離そうとするなんて、そんなことは」
「どうして?!なぜ言い切れるの?だって一度私は切り捨てられたのよ?また拒絶されるに決まってる。それに岳は、三原の家にとっては紛れもなく跡取り息子。奪われるに決まってるじゃない!私からあの子を……。私の大切な岳を取られたりしたら、もう私はっ……」
「都!」

樹は胸に都をかき抱いた。

「都、絶対にそんなことはさせない。俺の命にかけて、都と岳を守る。誰にも手出しはさせない。俺を信じてくれ、都」

樹の腕の中で、都は身体を震わせて泣き続ける。

「都、よく聞いて。俺は三原の家を出て縁を切る。そして五十嵐の家に婿入りするよ」

ハッと都は身体を固くした。

「嘘でしょ?まさか、そんな……」
「どうして嘘なんだ?俺は本気だ」
「だってそんなこと、許される訳が……」
「許される必要はない。俺が勝手にそうするだけだ」
「そんな!仕事はどうするの?三原ホールディングスは?」
「辞める。また新たな道を探すよ」
「何を言って……」

都はもはや言葉が出て来ない。

「都、それが一番いい。そうすれば結婚しても、岳と都は五十嵐のままでいられるし、俺が五十嵐になって三原と親子の縁を切れば、両親ももう口出し出来ない」
「そ、そんなこと、させられないわ」
「いや、もう決めた。そうする。これ以上都を不安にさせたままではいられないから」
「樹!待って、ねえ」

その時、ガチャリとリビングのドアが開いて、目をこすりながら岳が入って来た。

「どうしたのー?ママとおとうさんのこえで、めがさめちゃった」

樹が笑顔で立ち上がる。

「ごめんな、岳。よし、おとうさんとベッドに戻ろうか」
「うん」

パタンとドアが閉まり、一人取り残された都は大きなため息をついた。