スタッフが退室すると、真美は未だに信じられない様子で立ち尽くしている。

「あの、潤さん?このお部屋は?それに、こんなに大きなお花に、ケーキやシャンパン、フルーツまで。ここは魔法のお部屋なの?」
「ははは!まあ、そうかな。今夜の真美はプリンセスだね。ほら、座って」

潤は真美をテーブルの横のソファに座らせた。

そして自分はその前にひざまずく。

えっ?と真美は目を見開いた。

「真美。最初に好きになったのは、多分岳に向けた笑顔だったと思う。岳を見つめる優しくて愛おしそうな眼差しに目を奪われた」

真美の両手を握り、潤は少し視線を落としてゆっくりと語る。

「次に心惹かれたのは、真美のきっぱりとしたあのセリフ。岳はこんなに小さな身体で、毎日を一生懸命に生きている。叱ることなんて、何一つないって。あの言葉に俺がどれほど救われたか分からない」
「潤さん……」

真美は潤の手をキュッと握り返して目を潤ませた。

「岳に美味しい料理を作ってくれて、おゆうぎ会では衣装も作って見に来てくれた。よその子なのに、血の繋がりなんて関係ないって、たくさんの愛情を岳に注いでくれた。地震の時は己を顧みずに岳のもとへ駆けつけてくれて、岳の心も守ってくれた。そのうちに俺は、真美のその笑顔を俺にも向けて欲しいって思い始めたんだ。岳に寄り添ってたくさんの幸せを与えてくれる真美を、俺がこの手で守りたい。本当は寂しさを抱えて、岳の描いた絵にぽろぽろ涙をこぼす真美を、これからは俺が幸せにしたいって思った。これほど誰かに心を奪われたことはない。こんなにも誰かを愛おしいと思ったこともなかった。結婚願望なんてまるでなかった俺が、真美と築く幸せな家庭を夢見るようになった。俺のこの先の人生は、真美と共にある。世界でたった一人、心の底から愛する人を見つけられたんだ。真美、俺と結婚して欲しい」

真美の瞳からとめどなく涙が溢れる。

「潤さん……。私もあなたに救われました。ずっと自分に自信が持てなくて、いつも引け目を感じながら気を張っていた私に、潤さんは言ってくれました。俺になら何を話してくれてもいい、いつでも俺を頼れって。何の取り柄もない私を、誰よりも愛情に満ち溢れていて、陽だまりみたいに温かく優しい人だよって言ってくれました。もう一人でがんばらなくていい。寂しい夜を一人で過ごさなくてもいい。お前はもう、一人じゃないんだって。潤さんこそ、おひさまみたいに私の心を温かく溶かしてくれる人です」
「……真美」
「これから先も、ずっと潤さんと一緒にいたい。潤さんと過ごす宝物のような時間を知ってしまったから。あなたに心から愛される喜びを知ってしまったから。二人で過ごす何気ない日々が、どんなに幸せなものかに気づいてしまったから。あなたの……、優しくて大きな腕の温もりを覚えてしまったから。私はもうあなたから離れるなんて出来ません。潤さん、私とずっと一緒にいてください」

涙を堪えながら懸命にそう告げる真美を、たまらず潤はギュッと胸に抱きしめた。

「真美。可愛くて強くて、健気で優しくて、こんなにも愛おしい人。ありがとう、俺にたくさんの幸せを教えてくれて」
「潤さん……。私の方こそ、感謝しています。私を見つけてくれて、本当にありがとう」

潤は少し身体を離すと、ふっと笑って真美の涙を親指で拭う。

「真美が教えてくれた。幸せ過ぎると涙がこぼれることを。真美、これから先真美がこぼす涙は、全部幸せの涙だよ」

真美の笑顔がふわりと花開く。

「たくさんの幸せと笑顔が溢れる家族になろうな」
「はい、潤さん」

見つめ合って頷くと、潤はジャケットのポケットからリングケースを取り出した。

「俺達みんなで、真美をイメージしながらデザインした指輪なんだ」

そう言うと、そっとケースを開いて見せる。

「わあ……、なんて綺麗なの」

ハートのダイヤモンドと、その周りを彩る小さなピンクのモルガナイト。

今着けているネックレスとブレスレットと同じモチーフだが、メインのダイヤモンドの輝きは目もくらむばかりだった。

「姉貴と一緒に、俺と岳と樹さんとみんなで考えた。真美の純粋で真っ直ぐな心と、温かくて優しい笑顔をイメージして」
「私の為に、みんなで?なんて素敵な指輪なの。何よりも、みんなの気持ちが本当に嬉しい」

潤は指輪を手に取ると、真美の左手をすくい、薬指にゆっくりとはめた。

「うん、よく似合ってる」
「可愛い!世界でたった一つの、私の大切な人達が作ってくれた指輪。私、もう絶対に外さないわ。ありがとう、潤さん」

目の高さに掲げた指輪に輝くような笑顔を見せる真美を、潤はそっと抱き寄せる。

「愛してるよ、真美」
「私も。あなたを心から愛しています、潤さん」

二人は互いに微笑み合い、どちらからともなく顔を寄せて、長く幸せなキスをした。